Novel

私が犯した過ち - 02

彼に連れてこられたのは、見覚えのない船内の一室だった。

母船にある自室よりも広々としている。

けれど、あまり生活感を感じない殺風景な部屋。

家具は机と椅子と棚とベッド、あと一人掛けのソファ。

それくらいしか置かれていなかった。

「ここは?」

「おれの部屋だよ。隊長になって与えてもらった」

ベッドの上に座らされ、丁寧にベッドメイクされたシーツに弛みが出来る。

腕は掴んだまま離してくれない。

「一応確認するが、付き合ってる奴はいるか?」

「……いない、けど」

「そうか。まあ、居ても居なくても関係ないがな」

意味も分からず応えると、身体を後ろに倒される。ギシリとスプリングの音が部屋に響く。背中が沈み、柔らかな枕に頭が当たった。

「な、なに……?」

「なにって、男と女がベッドの上でやることなんて一つだろ」

当然のように言って、息を呑む私を真上から見下ろしてくる。

「償ってくれるんだろ。なら、やらせろよ。船の上は溜まるんだ」

顎を掴まれて、凄みのある美貌が近付く。

言葉を発する間もなく、いきなり噛み付くようなキスが降ってくる。

「んッ……」

薄い唇がきつく押しつけられ、下唇を強めに吸われる。

予想外の彼の行動に身を強張らせていると、ぬるっと熱い舌が唇の間を割り入ってきた。

咥内をねぶられ、じわっと甘い痺れが身体に走る。力が抜ける。

外見も、雰囲気も変わっていなかった。

忘れていた香りまで同じだった。

でも、キスは違った。

「っ、ぁ、はっ……」

手慣れた舌遣い。やはりあの頃とは違うということを痛感させられ胸が痛んだ。きつく閉じた瞼から涙が溢れる。逃げた自分に泣く資格なんてないのに。

「泣いてるのか」

ゆっくりと、目元を親指がなぞる。

「そんなに、いやか」

いやで泣いているのではない。だけど、それを否定できる若さも素直さも私にはもうないのだ。

変わったのは彼だけじゃない。

感情をぶつけるしか出来なかったあの頃とは私も違う。

「お前がいやでも、やめてやるつもりはねぇよ」

侵入してきた冷たい手が、カットソーの中をまさぐる。

やや乱暴にブラトップごと脱がされ、露出した胸の飾りを指先が弾く。もう片方は熱い口内に含まれ、尖った舌先で転がされた。

「あっ、ああっ……ッ」

ちゅうっ、と吸いつかれ直接的な刺激が身体を貫く。

指先が先端をぐにぐにと押し潰し、私は切れ切れに声を上げた。イゾウはわざと音を立てながらしばらくそこを舐め回し、左右入れ替える。執拗な愛撫に全身が震えてしまう。じっとしていられなくて身体を捩ると、それを抵抗と捉えたのか責めるように歯を立てられた。

「っああぁっ……!」

「やめないって言っただろ。ちゃんと贖ってくれ」

何度か甘噛みされ、仰反る喉に唇が埋まる。さらりと落ちてきた黒髪が頬を擽り、湿った吐息が首筋をなぞる。耳朶を這う舌が耳の穴に差し込まれ、くちゅくちゅと頭の中に水音が響き、寒気のような震えが止まらない。

「耳、相変わらず弱いんだな」

「やっ、はっ、ああっ……」

「お前の弱いところは全部覚えてるよ」

その言葉通り、イゾウの掌は的確に私が忘れていた私のいい場所を撫でながら、ゆっくりと下降していく。

服の中に入ってきた時は冷たく感じたはずの手が、今は熱を発している。

初めて結ばれた時も、イゾウの手はひどく熱かった。

お互い初めてで、怖がる私の決心がつくまでイゾウは何ヶ月も待ってくれた。

そして、いざ挿入した時は動きたいだろうその身体を微動だにさせず、気遣う言葉をかけながら痛みに泣く私が落ち着くまで、背中や頬をずっと撫でてくれていた。痛みで記憶はおぼろげだけど、その手がすごく熱かったことは今でも鮮明に憶えてる。

「生涯、大切にしていこうと思ってた」

本当に優しい人だった。

間違っても、こんな要求する人じゃなかった。

曇りなく、真っ直ぐ、凛として。

「だから、あの女の戯言を間に受けて信じてもらえなかったときは、相当ショックを受けた。別れも告げずに船から消えたときは、裏切られた気さえしたよ」

そんな彼を変えてしまったのは、私だ。

一瞬だけこちらを見た黒い瞳には、静かな怒りが孕んでいる。身が竦むのは素肌を撫でる指か、その瞳のせいか。

ゆっくりと降下してきた指先がボトムに差し掛かり、引き下ろされる。ショーツまで一息に脱がされ、生まれたままの姿が晒されてしまう。

帯さえ緩めていないイゾウの前で裸体にされ、頬が燃えるように熱くなった。

顔を背けると、ふっと息を漏らした彼が足首を掴んだ。

「あの頃は恥ずかしがって、見せてくれなかったよな」

くすくすと妖艶に笑いながら、脚を大きく広げる。

「やっ、いや……ッ」

脚をバタつかせても簡単に抑え込まれ、イゾウがその部分を覗きこむ。

薄暗い部屋でしか肌を重ねたことなかった。なのに、観察するようにこんな明るい部屋でじっくりと見られてしまい、涙が浮かぶ。

「綺麗なもんだな」

あらぬ場所に吐息が掛かり身を震わす。

恥ずかしくて頭が変になりそうだった。開いた割れ目から、ツウ、と蜜が溢れ、流れていくのがわかる。

イゾウは唇に笑みを浮かべたまま、垂れていく蜜を舌先で舐めとった。

「ひぁああっ」

ぬるぬるとした舌が、恥ずかしい部分を這う。

静かな部屋の中で、自分の喘ぎ声がやけに大きく聞こえてしまい、恥ずかしくて唇をぎゅうと噛む。それが気に入らないのか、イゾウが唇をこじ開けて口の中に指を突っ込んでくる。昔より皮膚が硬くなった人差し指と中指が歯茎や舌を撫で、もう片方の手は花弁を押し開く。さっき胸の飾りを苛んだ時と同じようにいやらしい音を立ててそこを舐め回す。

「んう、んんっ、うぁっ……」

彼の舌が蕾に触るたび、電流を流されたような痺れが全身を駆け抜けていく。口を閉じられないせいで嬌声が抑えられない。敏感な部分を刺激され、何度か指を噛んでしまったが、イゾウはさして気にする様子もなく手を引かなかった。開いたままの口からは飲み込めない唾液がだらだらと溢れていく。

「んんっ、ふ、あっ、あああっ」

ずるっ、と唾液まみれの指が口内から引き抜かれ、ぬぷっ、と胎内へ差し込まれる。

どろどろに溶けたそこは、待ち侘びていたかのように濡れた一本の指を受け入れ、二本目の侵入を悦んだ。

「ここだろ」

長い指先が一点を擦り、ぞくんと強い震えが沸き上がった。

「んあぁっ……ッ!」

もう口は開けられていないのに、声が抑えられない。たまらずにシーツを力一杯掴む。チロチロと舌先で蕾をいたぶられ、ぐりぐりと内壁に指の腹を擦り付けられ、腰が跳ね上がる。

「ああっ、だめっ、イゾウ、だめっ」

静止の言葉をかけても止まらない。

逆に激しくなる舌と指が、一気に高みへと誘う。

「ああっ、あああッ……!」

脚の裏から刺すような熱が広がり、全身が発熱したようだった。

ぎゅうと目を閉じて、息を詰める。

暗がりの中で、眩い光が瞬いた。

名前

耳元に囁かれる声。わずかに遠のいていた意識が浮上する。

聞こえたのは、私の名前だった。

決して許したわけではないだろう。

けれど、八年ぶりに呼ばれたその懐かしい響きは、どこかあの頃と同じ甘さを帯びていて、胸が締め付けられた。

イゾウの熱い塊が、達したばかりの入り口にあてがわれる。うっすらと瞼を開くと、目の前にはあの頃と変わらない大好きな顔。じわりと目尻が熱くなると同時に、彼がゆっくりと押し入ってきた。

***

「こんな時間に行くのかよい」

モビーに括り付けていた小型船に乗り換えて出航の準備をしていると、薄闇の中わざと足音を立ててやってきたマルコが呆れたような声を出す。

「用は終わったから」

振り向きもせずそれだけ言って、手を動かす。

ベイ船長に頼んでまで、避けていたモビーディック号へやって来た一番の理由。

イゾウへの謝罪は出来た。

許されたかは分からないが償いも済んだ。

「昔の誤解は解けたんだろい。それでもモビーに戻ってくる気はねェのかい」

その言葉に、手が止まる。

何の事情も話していないのに、マルコにはお見通しだったようだ。相変わらず聡いこの男に苦笑を漏らす。だからこそオヤジは右腕にマルコを選んだんだろう。

「今さらどんな顔して戻ればいいのか分からないよ。オヤジにもベイ船長にも無理言って乗せてもらったのに」

「突然いなくなったもんねい」

「ごめんね、あの頃は」

「おれもまぁ驚いたが、イゾウの奴は見ちゃいられなかったよい」

フワッと小船に飛び移ってきたマルコが隣にきて、手を止めた私の代わりにもやい綱を解いてくれる。

「ヤケを起こしたみたいに海賊船を片っ端から沈め、ひどい傷を負ってくる日もあってな」

ぐるぐると、綱が緩められていく。

「咎めるオヤジに食ってかかる時もあったよい。だったら名前の居場所を教えてくれってな」

「そんなことが……」

「ま、アイツも若かったんだろい」

ニッとマルコが笑うと同時に綱が外れ、船が静かに動き出す。

少しずつ遠ざかる大きな白鯨に、イゾウの部屋を出たときにも感じたなんとも言えないもの寂しさが込み上げる。

「ありがとう、マルコ。オヤジにも宴のお礼を言っておいて」

塞ぎ込みそうな気持ちを吹っ切るように伝えると、もう一度笑ったマルコが腕を翼に変えた。いつの間にか浮かんでいた月は雲に隠れ、星もない闇夜で彼の青はよく映える。

「この先少し天候が荒れるだろうから、中で寝ている奴らは早めに起こせよい」

そう言い残して飛び立つマルコの幻想的な姿を見送る。モビーの甲板に降り立つまで見ていると、ふとイゾウの姿が浮かびあがった気がした。だけどマルコの炎が消えた瞬間、闇に溶け込み定かではなかった。

ただ、また胸の中が痛んだのは確かだった。