Novel

大切なもの - 05

「────ふーん……で?」

「おい、サッチ。『で?』ってのは、何だよい」

おれはあの日のことを全部話した。

名前から男物の香水が香ったこと。

名前が約束を破って酒を飲んだこと。

その相手を頑なに言わないこと。

そして…………

行為に及ぼうとしたら、拒まれて舌を噛まれたこと。

話したくない顛末を余さず伝えた返事が、コレだ。

その返答に不満を持って訊き返すと、サッチはわざとらしく「ハァ……」とため息を吐く。

「だから、お前は名前が酒を飲んでたとき、何をしてたんだ? その日は名前と島へ降りる約束してただろ? 久し振りのデートだって名前は喜んでおめかししてたぞ」

「……あー、それがその日は急用が出来て、行けなくなったんだよい」

「嘘つけ。どうせ、名前を断って娼館にでも行ってたんだろ」

とっさに誤魔化してみるものの、付き合いの長いサッチに嘘は通じない。

内心舌打ちしたい気持ちを抑えサッチを見ると、見透かすような視線が返ってくる。

居心地悪さに首の後ろをさすった。

「…… 名前に、悪ィことしてるのは判ってるよい」

苦虫を噛み潰したような顔で項垂れるおれに、サッチが追い討ちをかける。

「自分は好きに女を抱いて好きに酒を飲むのに、名前は気の合う仲間と酒を飲むのもダメなのか?」

痛い所を突いてくる。

確かにおれは、好きに酒を飲むし、好きに女を抱くし、好きに遊ぶ。

でもそこは男に生まれた者と、女に生まれた者の違いだろ。

名前がナース連中や一人で酒を愉しむなら一向に飲んで貰って構わねェよい。……だけど野郎と飲んで、もしそいつが酔った勢いで名前を襲ったらどうする。実際、今回だって何かあったのかも知れねェのに、野郎となんか飲ませられるかよい!」

ふつふつと、怒りがぶり返す。

語気が荒ぶり、サッチが声を落とせと諭すが、時遅し。

近くに席を構えていた隊長連中が、一斉に視線を寄越す。

様子を窺う、ジョズやビスタ。

サッチ以外に名前とのことを知られたくないおれは、あー、何でもないんだ、と頭をガシガシ掻く。すると、奴らはそれで察したのか、自分たちの話に戻り、首を突っ込んではこなかった。

「まァ、マルコの気持ちも判らねェじゃねェが ……でもな、自分は好き勝手しておいて、それは名前がちょっと可哀想過ぎねェか?」

さっきよりも、声をひそめるサッチ。

それに倣い、おれも声量を抑える。

「んなこたァ判ってるよい。でも名前を狙ってる野郎はこの船には多いんだから、仕方ねェだろい」

「それを言うならお前も同じだろ。名前と付き合ってると知っててもアプローチするナースは大勢いるし、島の女にだって何故かモテるしよ。おれなんか娼館の女にしか相手して貰えないんだぞ。ちったぁ自重しろ」

盛られたサラダのトマトにフォークをぶっ刺し、苦々しく言い放つサッチ。

なるほどな……

客観的に言われると、正論過ぎて言葉が出ねェ。

立場的にはおれも名前も同じか。

確かに名前を縛り付ける理由にはなってねェが…………

「ん? 反論しねェの」

……しねェ、んじゃなくて出来ねェんだよい

得意げな表情を見せるサッチに、おれは肩をすくめた。

サッチの言うことに一理あるのは確かだ。

だがしかし、やはりこれに限っては男と女で違う気がする。

第一に、身体の構造が大きく違う。

男は突っ込む方で、女は受け入れる側。

主導権は男にある。

それに、男は溜まったものを適度に吐き出さなきゃ溢れちまう訳で、そこに何の情も持たずに女を抱ける。

実際この手で何人も抱いてきたが、情は誰にも移しちゃいない。

ただの、作業だ。

排泄行為と何ら変わらねェ。

……まぁ、たまに名前には出来ない様な行為をする事もあるが、それは名前を大切に思っているからこそ出来ない行為なワケで……

でも、女はそうじゃねェだろ。

抱かれりゃ多少の情が沸くし、理性をなくした男が本気になりゃ嫌でも無理やりヤられちまう。

勃たなきゃ出来ねェ男と違い、女はいつでも男を受け入れられるように身体のつくりが出来ているんだから。

それに何より、女には孕んじまう可能性がある。

それが、一番心配なのだ。

名前が誰かの子を宿すなんて、考えただけで脳が焼き切れる。そんなことになったら、おれは相手の男を間違いなく消す。

例え仲間であっても許さねェ。

誰だろうと殺す。

やっぱり男と一緒に酒は飲ませられねェ。

「なあサッチ、議論はもういいからよい」

いつの間にかひと気が減り、騒がしかったはずの食堂はなりを潜め、四番隊の奴等が残った料理を下げ始めている。

こんな時間になっても、食堂に姿を見せない名前に内心ため息を吐き、核心にも触れずエビピラフを呑気に頬張るサッチに歯痒さを憶えた。

「いい加減、教えてくれよい。相手を知ってるんだろい?それともお前が名前と酒を飲んだのか?」

まさかと思いながらも訊くと、サッチは食事の手をぴたりと止めておれを見る。

「バカ言うな。後でお前に蹴り倒されるのが判ってて、そんな怖いことできるかよ」

「……じゃあ、誰だよい?」

「………………エースだよ」