Novel

大切なもの - 04

大勢のクルー達で賑わう昼時の食堂。

ワイワイ、ガヤガヤと、若ェ衆は楽しそうだがおれは楽しめない。

毎晩一緒に寝ていた名前が、あの日以来部屋に来ない。

名前が来なくなってから寝不足の日々が続いている。

ウトウトしても、見知らぬ男に肩を抱かれた名前が、おれを置いて遠くへ行く夢を見て飛び起きる始末。

はぁ、やってらんねェよい……

自分の女々しさに、思わずため息が洩れる。

名前とあれから進展は…………ない。

ただその翌日、傷薬の入ったピルケースが部屋の前に置かれていて。

名前が置いた所を見たわけじゃねェが、懐かしいその貝殻のピルケースは、昔おれが名前にプレゼントした物だった。

当時名前は見習いで、訓練の度に生傷を負っていて……

綺麗な白い肌なのに、日ごとに増えていく生々しい傷を見かね、外傷に効く膏薬を調合してこの貝殻のケースに詰めて贈ったのだ。

それがきっかけで、よく話すようになりおれから交際を申し込んだ。

最近では傷を負う事も少なく、月に一度開催される各隊の勝ち抜き戦でも上位に食い込むほど腕を上げた名前が、未だにこれを大切に持っていてくれた事が純粋に嬉しかった。

そもそも舌には使えねェし、おれが傷を無効化できると知りつつ、何かせずにいられなかったんだろう名前のその思いやりが、沈み切っているおれを少し浮上させた。

ケースを返す口実に会えば話そうと、胸のポケットに忍ばせているが…………

どうやらおれは、避けられているらしい。

元々隊の違うおれと名前がこの船でばったり会う確率はないに等しいが、食事時は別だ。皆が集合する。

だからこうして腹も減ってないのに期待して食堂へのこのこやってきているが、食事の時間をずらしているのか名前とは会えないままだった。

会いたきゃ部屋に行けばいいのだが、また拒絶されるのが怖くて勇気が持てず、時間だけが過ぎていく。

そんな状況に、辟易としていた。

「どーした、マルコ。考え事か?」

ハッと我に返ると、自慢のリーゼントを揺らしたサッチが昼食のトレーを持って向かいの席に座るところだった。

「あー、よい……」

こいつが昼飯を食いにフロアへ出て来るということは、厨房は一段落ついた頃なんだろう。でも名前は姿を見せないままだった。

適当に言葉を返し、見るともともなしに奴のトレーに目をやる。

野菜を中心に、肉やパンがバランス良く綺麗に盛り付けられている。

さすがは船の厨房を守る四番隊の隊長だと心の中で思う。口には絶対出さないがな。

「食欲ねェの? お前、それ好きだろ」

おれの前に置かれた手付かずのエビピラフを指すサッチ。

適当に盛ってはきたものの、やはり食欲は湧かず…………

「あー、サッチ……わりィが、コレ食ってくれねェかい?」

「おいおい、それはいいけど……一体どーした?」

体調管理はしっかりしてるだろ、とおれのトレーを自分の方へ寄せるサッチ。

「少し寝不足だが、具合は悪かねェよい……」

「そうか。なら、原因は名前か。最近一緒にいねェもんな。ケンカでもしたか?」

…………何でコイツはこうも勘いいんだよい

ため息が洩れる。

首を突っ込まれると面倒だと思い誤魔化そうかと考えるが、だが噂好きのサッチならあの日、名前が誰と居たのか知っているかもしれないと思い直す。

「そんなとこだよい。それより、名前のことで何か知ってることはねェかい?」

「んー? 何かって言われてもねェ」

しれっとした顔でちぎったパンを口の中に放り込むサッチ。

一見何も知らなそうだが、奴が曖昧に返す時は、大抵何か知っているはずだ。

「前の島のことだよい。上陸した初日、どこかで名前を見なかったかい?」

「まてまて、出航してもう二週間も経つんだぜ? そんな昔のこと憶えてるワケねェだろ、いい歳なんだから」

サッチはそう言って、咀嚼中のパンを飲み込む。

そして、ゴクっと水をひと口飲んでから「ああ、でも…」と言葉を続けておれの顔を見る。

名前と何があったか話してくれりゃ、思い出すかも知れねェな」

ニヤリと笑うサッチ。

その海賊らしい顔に嫌気がさす。

チッ……

このリーゼント野郎。

言わなきゃ話さない気かよい。

知られたくない内容だが、今は面子にこだわってる場合じゃねェ。

おれは恥を忍んで名前とのことを話した。