Novel
大切なもの - 03
「質問に答えろよい!」
手首を顔の横に縫い止め、名前を見下ろす。
大きな声を出すのは初めてだった。
しかし、男の存在を隠す名前が許せなかった。
不安げに瞳を揺らすその姿は、淡い光に照らされ一層儚く見えた。
「…………同じ隊の人だよ」
観念したように、名前が口を開く。
「二番隊の誰だ」
「…………」
一体、このやり取りは何度目だ。
聞いては沈黙の繰り返し。
こんなに頑なな名前を見るのは初めてだ。
「…………聞いて、マルコ」
視線を伏せたままの名前が呟く。
「……お酒を飲んだことは、謝る。約束を破って、ごめんなさい……だけど、今日飲んだのは私が飲みたかったからで、その人には無理を言って付き合って貰っただけなの。だから怒るなら私だけにして」
「何でそいつを庇うんだよい! そいつと何かあったのか!?」
もどかしげに、捲し立てる。
どうして相手を隠す?
どうして相手を庇う?
苛立ちが限界に達した時、力なく握られた名前の指に光る指輪が目に入る。
三年目の記念に贈った指輪。
宝石商に特注で造らせたもので、おれの刺青と同じ紋様が青い石に彫られている代物。
おれの女だと、一目でわかるその指輪を毎日大切そうにつけているのに。
指にはめた時は、泣いて喜んでいたのに。
何べん問い詰めても、名前は相手を答えようとしない。
常におれを立ていた、名前。
決しておれに逆らわなかった、名前。
そんな名前が見せる、頑なな反抗心。
それは…………
おれがその相手に敗北感を感じる、充分過ぎる証でもあった。
────そんなに、おれよりもそいつが大事なのか?
激しい嫉妬と独占欲が、肚の中を満たしていく。
……お前はおれのモンなんだよい。
……誰にもやるかよい。
突き動かされる衝動のまま、名前の唇に己のそれを重ねる。
「んっ…ぅ、…ふ……っ!」
くぐもった声が漏れる。
抵抗する暇も与えず隙間から舌を挿し込むと、微かに触れる柔らかな舌。
甘い、名前の舌。
そう。
名前の全ては、おれのモノだ。
逃げる舌を捉えれば、同時に満たされていく征服欲。
だけど、舌を絡めたその時だった。
ドンッ、と胸に衝撃を受け、唇が僅かに離れる。
するりと拘束から抜け出た名前の両手が、前屈みの不安定なおれの胸を強く押したのだ。
「っ、やめてっ! マルコ……」
威嚇するように、下からおれを睨みつける。
穏やかな名前が初めて見せる顔。
そんな潤んだ瞳で凄まれても、ちっとも怖くねェよい。
余計に支配欲を駆り立てるだけだ。
名前の拒絶には耳を貸さず、片手の中に充分収まる華奢なその両手首を、今度は頭上に纏めて拘束する。
更に余ったもう片方の手で、いやいやと左右に首を振る名前の顎を押さえ付けて。
「や、っ、ぁ…マル……っ」
わずかに開いた唇を貪った。
深く、深く。
呼吸も出来ないくらいに。
「んっ……、っ…んん…っ」
隙間も無いほどぴったりと重ね合わせ、今度こそ挿し込んだ舌を名前のソレに絡める。
相手を言わないのなら、もういい。
身体に訊けばいい。
最初からこうすれば良かったのだ。
「っ、……ぃゃぁ、っ……ぅ」
性急な手付きで寝間着の中に手を差し込むと、塞いだ唇から拒否する呻きが漏れる。
だがお構いなしに、下腹部に手を這わす。
そのまま薄い下着の中に指を入れた刹那。
ガリッ、と鈍い音がして。
「……っ!」
舌に走る、鋭い刺激。
同時にボボボッと音を立て、再生の炎がおれの舌を覆う。
……噛まれた?
激しい拒絶反応に唇を離す。
傷は跡形もなく消えるが、鉄の苦味が口内に残る。
「あ…っ、…ごめん…なさ、……っ」
「…………」
こんなに強く名前に拒まれたことなどなかった。
一度たりとも……
謝罪の言葉は、おれの耳には入らない。
体を退かし、背を向けて座る。
「……本当にごめんなさい……マルコ。何だか私、疲れてて……今日は自分の部屋で寝る、ね……おやすみなさい」
ベッドのスプリングを響かせて立ち上がると、名前は逃げるように部屋を出て行く。
おれはただ一人、静かな部屋に残された。
