Novel

ビッチな彼女 - 02

眩しい。

瞼の裏に光を感じて目が覚めた。

どうやら窓から差し込む朝日が視界を照らしているようだ。昨夜はカーテンを閉め忘れたらしい。

というより部屋へ戻った記憶もないが、いつ戻ったんだろう。

イゾウと飲み比べをしていたはずだが、決着は付いたんだろうか。二本目のラム酒が空き、鬼殺しに口を付けた辺りから記憶が飛んでいる。

一体どうなったんだろう。ぼんやり目を開けると、男の胸板が飛び込んできて私は声にならない悲鳴を上げた。目線のすぐ上には絹のような黒髪が散っている。

誰の髪かは一目瞭然だった。

……どうしよう。

私、イゾウと一緒に寝ちゃってる。

彼の布団で、上半身裸のまま。

互いの下半身は辛うじて被さっている布団で隠れているが、たぶん裸だ。だって畳の上に見えてるもん。くるん、と小さく丸まった水色の紐パンと、脱ぎ散らばった衣服が。すぐ隣には藤色の着物と、おそらく彼の下着であろう長い布もある。

「…………」

経験上、この状況下から導き出される答えはひとつ。

まさか、イゾウとヤってしまったんだろうか……

信じられないことに、私の腕はイゾウの首にがっちりと巻き付いてしまっている。その上、彼の胸板に顔を擦り付け、脚まで大胆に絡めているのだ。

彼を起こして経緯を聞くべきなんだろうけど、知りたくない。いや、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

「起きたのか?」

もぞっと身体を動かした途端、透かさず頭上から声がかかる。

彼が寝ている内に脱出を、と試みたが失敗した。

どうやらイゾウは起きていたようだ。

「おはよう……」

観念して胸元から顔を上げる。

ヤったのか、ヤっていないのか、それが問題だ。

掠れた低い声と、乱れた黒髪はいかにも事後っぽいが、覗き込んだ端正な顔からは何も読み取れない。

「気分は?」

「平気」

「頭痛もないか?」

「うん……」

答えたっきり沈黙が続く。

かなり気まずい感じだ。

とりあえず、イゾウに絡めていた腕と脚を戻す。ぴたりと密着していた肌はじっとりと汗で湿っている。きっと、一晩中抱き付いていたんだろう。汗を引かせたいが、丸出しのままいるわけにはいくまい。掛布団を手繰り寄せて身体を隠す。

「あ、あの、私たち、……しちゃった、の、かな?」

重苦しい雰囲気に耐えきれなくなったのは私の方だった。聞くのは怖いが、いつまでも気詰まりしてはいられない。

「……覚えてないのか?」

イゾウが片肘つき、怪訝な顔で身を起こす。

起き上がった彼の上半身は意外と筋肉質で驚いてしまう。衣の上からじゃわからなかったが、こんなに筋肉が発達してたなんて。そういえば、枕代わりにしていた胸板も厚かった。

私は知らず知らず上腕ラインの起伏に視線をなぞらせていることに気付き、慌てて逸らす。

「ご、ごめん。イゾウとここで飲んでたことは覚えてるんだけど、あとは、何も……」

「……だったらもういいから、出て行ってくれ」

抑揚のない声だった。

呆れている、というよりは怒りを抑えてるような声音。

「もういいって、どういうこと?」

「服を着て、早くこの部屋から出て行ってくれってことだ」

冷たく言い放たれて、ズキンと胸が疼く。

こんな風に怒るイゾウを初めて見た。

「ま、まってよ、ちゃんと教えて。私たち、しちゃったんだよね?」

「やってねぇよ!」

語気が強められ、萎縮してしまう。

「でも、この状況は……」

「酔っ払ったお前が、自分で服を脱いだんだ」

「……それで?」

「おれを押し倒してのしかかってきた。やりたいって喚きながらな」

「まじで……」

くらりと目眩がする。酒で記憶や正体を失くしたことは一度もなかった。それをよりにもよってイゾウの前で最大級の醜態を晒すとは。やはりあのお酒が原因なんだろう。意気揚々と持ってきた昨夜の自分をぶん殴りたい。

「……イゾウの服も私が脱がせちゃったの?」

「下着もな」

聞くんじゃなかった、と後悔しても後の祭りだ。

「て、抵抗とか……」

「したに決まってんだろ。でもやらなきゃ死んじゃうって首にしがみつかれて、引き離そうとしたら泣かれて、おれを脱がすだけ脱がしてそのまま寝たんだよ、お前は」

血の気が引く。聞けば聞くほどドツボだ。

もはや、欲求不満だったからなどで許される話ではない。

「ごめんなさい、あの、私……」

布団で身体を隠しながら起き上がる。

謝罪の先に繋がる言葉を捜すが見つからない。

「もういいって言ってるだろ。昨夜のことは全部話した。早く出て行ってくれ」

吐き捨てられた言葉は、先程よりも鋭く胸に突き刺さった。悪いのは自分。わかってる。だけど、一緒の空間に居たくないほど怒ってる彼を置いて出て行けなかった。このまま部屋を出たら、イゾウは一生口をきいてくれない気がした。

「いや、だよ……ちゃんと仲直りしてからじゃないと、出て行きたくない……」

ぎゅうと胸元の布団を握る。

このまま仲違いなんて、いやだ。

イゾウと話せなくなると思うと、胸が苦しくなる。目の奥がじんと熱くなった。

「…………別に、怒ってるわけじゃねぇよ」

肩を並べて布団の上に座る二人。

声色は変わらず冷たいが、隣で打ちひしがれる私に同情してくれたのか、張り詰めていた空気が幾分やわらぐ。だけどイゾウはまだ私の方を見ようとしない。私との間を隔てるように片膝立てて座り、眉間に深い皺を刻んで正面を見据えている。

「だったら、なんでそんなに突き放すの?」

問いかけても、しばらく何も返ってこなかった。

室内にまたも重苦しい静寂が満ちる。

それでも根気強く待つと、私が諦めないと踏んだのだろう。やがてくしゃくしゃと頭を掻いたイゾウが固く結んだ口を開いた。

「……一晩中身体を押し付けられて、限界なんだよ」

「え?」

思わぬ言葉に訊き返すと、深い息がこぼれた。

「さすがに吐き出したいが、お前がいると出来ねぇだろ。それに、正直いつまでもそんな格好で居られるのもキツイんだ。だから早く出て行ってくれ」

半ば投げやりのように告げられる。

私はしばし絶句した。

昨夜、彼が話してくれた内容はちゃんと記憶に残っている。禁欲している人に私はなんて残酷なことを……

出来ない辛さは痛いほどわかっているのに。

「……よかったら、私と、する?」

気付いた時には口からこぼれていた。

黒髪が弾かれたように揺れる。今まで一度もこちらを見なかった切長の瞳が私を射抜く。

「本気で言ってるのか?」

罪悪感から出た台詞だったけど、この状況を強いたのは紛れもなく私で、彼は一人で処理するのは虚しいと言っていた。私も欲望を解消したい。二人にとっても最善の策だと思えた。

「もちろんイゾウがよければね。あと、汗かいたからシャワーも浴びたいけど……」

急に照れ臭くなって、視線を落とす。

だって、彼がOKを出せば身体を重ねることになるのだ。

しばらくぶりのセックスを、イゾウと。

緊張するなという方が無理だった。

「どうする……?」

問い掛けると、視線の先の布団に影が落ちた。ふと顔を上げれば端正な顔が至近距離にあって、あまりの近さに戸惑う間もなく唇が重なる。とっさに頭を引くが、大きな手が後頭部に当てがわれ、逃げ場を奪い去った。そのまま覆い被さるように布団の上に押し倒される。

「っ、んっ、は、まって、イゾっ、するなら、シャワーを……!」

「だめだ」

「やっ、でも……っ」

「待てない」

抗議のために開いた口の中に、舌が差し込まれる。

「んんっ、んぅ!」

顔を背けるけれど顎を掴まれて動けない。隙間なく上からぴったりと唇を押し付けられ、深く侵入をはたした舌が口内を弄る。内頬を舐め、上顎を擽られ、力が抜ける。奥の方で縮まる舌を舐められ、くちゅくちゅと濡れた音が鼓膜に響いた。

名前……舌、もっと、出してくれ」

「んぅ、んっ、ふぁ」

「そう、もっとだ」

甘えるようにせがまれて、差し出してしまう。

キスとはこんなに感じるものだっただろうか。

長らくしていなかったが、彼氏としかしないキスを強引に奪われた挙句、素直に応じてしまうのはイゾウのキスがとんでもなく上手いから。いつも澄ましてる彼が、これほど情熱的なキスをするとは考えもしなかった。ゾクゾクと腰が疼き、肌が粟立つ。本能のまま舌を絡めれば、口内に充満する互いの唾液がつう、と唇の端から溢れていった。

「はぁっ…、柔らかいな……お前の唇も、舌も……」

「はっ、あ、」

離れる唇を追いかけてしまいそうになる。

こんなに蕩けるキスをしたのは、生まれて初めてかもしれない。酸欠でぼんやりしている内に、イゾウが掛け布団を剥がす。陽光に照らされる素肌。その上をなぞる黒い瞳に震えそうになる。イゾウは眩しそうに私の全身を眺めると、丸い膨らみに視線を戻し、色付く先端を食んだ。

「んっ、ぁっ……」

熱い口内で、コロコロと飴玉のように転がされる。

うなじを撫でていた手がもう片方の膨らみを覆い、ゆっくりと揉みしだく。先端を指先で摘まれ、同時に強く吸われると、ビリッと電流のような快感が走った。

「んっ、だめ、イゾっ、声、でちゃ…、んんっ」

「我慢するな、聞かせろよ」

ちゅぷっ、と薄い唇から顔を出した先端は唾液に濡れて充血している。その尖りをちろちろと赤い舌を覗かせて舐めるイゾウは酷くいやらしい。普段の佇まいからは想像もつかない彼の姿に私は興奮を隠せなかった。

「んっ、でも、外、聞こえちゃ……っ」

「平気だ。まだみんな寝てる」

部屋の外は確かに静かだった。だけど、冗談を言い合う仲のイゾウにいつもと違う声を聞かれるのは恥ずかしい。何とかこらえていたが、彼の指が秘部に触れた瞬間、抑えきれなくなった。

「ああッ……」

久しく男を受け入れていないそこは、物欲しそうにヒクヒクと収縮して涎を垂らしている。指で刺激されると、ぬちゅぬちゅと粘ついた水音が鳴った。

「もう、濡れてるんだな」

「んっ、はぁっ、」

「いつもこんなに濡れるのか?」

「久しぶり、だからっ、はっ、あ、もう、挿れてよ」

先程から立派に主張したモノが太腿に当たり、ドクドクと熱く脈打っている。本人も限界だと言っていた。なのに、挿入をねだっても彼はまだだ、と挿れてくれない。

「久しぶりなら、しっかり馴らさねぇと傷付くだろ」

「や、でもっ、もう、中に欲しいの……」

「……へぇ、名前はいつもそうやって男を誑し込むのか」

「ちがっ、ぅ、ああぁっ……ッ」

グッ、と中指が押し込まれる。

膣口をこじ開けられる久々の感覚。甘美な痺れに奥の方からじわりと蜜が湧いた。ぐにぐにと内壁の感触を確かめるように押し拡げられ、指がもう一本追加される。

「んあっ…ああっ、」

「遊んでる割に随分狭いな」

「ひっ、ああッ……!」

くぱ、と二本指を中で鋏のように開かれ、とぷりと愛液がこぼれていく。受け入れる準備はもう十分に整っている。だけど彼は抜こうとしないどころか、長い指を根元まで差し込みクッと折り曲げた。

「ああぁぁっ……!!」

そこは、以前の雑談中に赤裸々に語っていた箇所。

人よりも感じる場所が奥にあるからいちいち言わなきゃみんな外してくるんだよねー、と軽い気持ちで伝えていたその部分を、彼の指先が的確に捉える。

「本当に奥にあるんだな、名前のいい場所。指を咥え込んで離そうとしねぇよ」

胸元に吸い付きながら、ぐりぐりと指の腹を押し付けてくる。

「あっ、やっ、イゾウっ、だめッ、そこ、だめなのっ……!」

「いい、の間違いだろ。こんなに締め付けてくるのに」

「んあぁ、だって、そこ、されると……ッ」

「あぁ、覚えてる」

「……っ、だった、ら……やめ、っ、ひっ、あっ、あああッ!!」

一層強く擦られ、頭が真っ白になる。

身体が仰け反ると同時に、ビシャっと熱い液体が飛散した。ポタポタと滴が垂れて、布団に染みを作っていく。

こうなることは伝えていたはずなのに……

鮮やかな布団を濡らしてしまい、泣きそうになる。

それなのにイゾウは指の動きを休めようとはせず、さらに激しく擦り付けてくる。

「ひゃ、ああぁっ、まっ、て、今、イッ、たの…、ゃあっ、ああっ……!」

「立て続けに達かされるのが好きなんだろ」

「やっ、あ、で、も布団、汚れ……ちゃ…、ぅ、からぁ……ッ」

「お前のなら構わねぇ。好きなだけ達けよ」

低い声を吹き込んだ耳朶をかぷっ、と甘く噛まれ、腰が跳ねる。

「ひ、あっ、耳、だめッ、イゾっ、イ、く……あっ、ああッ……!」

早朝の静かな部屋。ずちゅずちゅと聞くに堪えない卑猥な水音を響かせながら、身体がビクビクと痙攣する。ぎゅっと閉じた眼裏で光が爆ぜた。

「っ、ああぁぁッ……!」

溢れた飛沫が再び布団を濡らす。

お尻の方はもう冷たかった。

指が抜かれていくのを、霞のかかった頭でぼんやりと感じる。薄く目を開くと、目の前に長い黒髪がサラリと流れていた。ぼやけた視界でそれを辿っていくと、髪と同じ色の瞳が瞬ぎもせずじっと私を見つめていた。……イク瞬間を見られてたんだ。そう理解すると同時に、カッと顔が熱を持つ。思わず逸らすと、笑った吐息が頬をくすぐり、ちゅっ、と口付けが落ちてきた。

「かわいいな」

口元を綻ばせるイゾウに、ドキッとする。

……こういうのは反則だ。

好きじゃなくても、ときめいてしまうもん。

イゾウには好きな人がいて望みがないと言っていたけれど、こんな風に迫れば一撃なんじゃないかって思った。

小刻みに震えの残る太腿を撫でた手が、脚を開いていく。身体を滑り込ませる彼に、いよいよ挿入するんだと期待が膨らむ。しかし、秘部に触れたのは私が待ち望んでいたものではなかった。

「……え、? ……やっ、まって……っ!」

制止の声も聞かず、触れてきたのはイゾウの舌だった。

ねっとりとした生暖かい感触が花弁を這っていく。私の形を確かめるように、なぞるように、ゆっくりと、ぐずぐずに蕩けたそこを舐め上げる。

「っ、ひっ、やめっ、イゾウ、……っ、ひあぁッ!」

押し退けようと両手を頭に置いた瞬間、じゅっ、とクリトリスを強く吸われ、ビクッと腰が浮く。頭に置いた手のひらにも力が加わり、口ではやめてと言いながら、自ら秘部をイゾウの唇に押し付ける形になってしまい、羞恥に視界が潤む。

「ッ、ひぁっ、やめて、そこ、……きたないっ、の!」

「きたなくねぇよ」

「っ、あっ、やああっ、う、そ、……ッ」

「うそじゃねぇ。綺麗な色してる、お前のここは」

「そん、な、……ッ、ああぁっ!」

そんなこと言ってるんじゃない。そう否定したいのに、再び強く吸い付かれて言葉にならない。

分かっていながらはぐらかして、イゾウはわざとかってくらいピチャピチャと音を立てて執拗に舐め回してくる。

「っ、ん、ああっ、も、お願い……離して、ほんとに、そこは…や、なの! んっ、はあっ、イゾっ、お願いっ、だから……っ!」

シャワーを浴びてないどころか、愛液や潮まで出てしまっている。そんな不浄な場所を舐められて、身体を捻っても、抵抗しても、太腿をがっちり抱え込み、舌が花弁を押し退けて中にまで侵入してくる。ぐるりと円を描くように内壁を舐められ、恥ずかし過ぎておかしくなりそうだった。ぽろぽろと涙が溢れてくる。必死にやめてと訴えると、ようやくイゾウが顔を上げた。

「……悪い、やり過ぎちまった」

濡れた唇を手の甲で拭いながら起き上がる彼は、私の目元を見て肩をすくめる。

そこを舐められるのは苦手だと以前話していた。

どうしても恥ずかしいから、誰と寝るときもその行為だけはしないって。

私の敏感な場所を詳細に覚えていた彼が、そのことを忘れているはずがない。ぐずっと鼻を鳴らして睨むと、「本当に悪かった」と頭を撫でられる。

背中を丸める彼に、もういいよ、と答えようとした途端。

「お前があんなかわいい顔するから、ついやっちまった」と、臆面もなく言う彼に、口から出かけた言葉は喉の奥へと引っ込んだ。

さらりとこんな発言するなんて、イゾウは天然のタラシなのかもしれない。

「そういう言葉は、好きな人に言えばいいでしょ」

またもやドキッとさせられてしまったことが悔しくてことさら素っ気なく告げると、イゾウは「ああ、そうだな」と苦笑いを浮かべていた。