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愛していると言ってくれ - 09
それから、おれは毎晩名前を誘った。
名前が断らないのをいい事に、セックスの為に呼び出し、欲をぶつける日々。
具合の良い名前とのセックスに溺れ、他の男と寝る暇なんて与えないくらい、夢中で名前の身体を貪った。
気がつけば、初めて名前を抱いた日から三ヶ月余りが過ぎていた。
そんな頃だった。
「なァ、マルコ。名前ってさ……」
それは、船が島へ到着する日。
久し振りの上陸に船内が浮かれている中、食堂で飯を食っていると、例の如く隣の席に陣取ったエースの口から意外な名前が飛び出して、おれの心臓が一気に跳ね上がる。
「……何だよい?」
心中穏やかではないが、そんな素振りはおくびにも出さず、皿に残った最後のレタスをフォークに刺して口に運ぶ。
名前との関係は誰にも知られてないはずだ。
他言しないよう口止めしているし、おれ自身も秘密にしている。
部屋に呼ぶときも、周囲に人がいないのを見計らいノック不要で部屋に入って貰っているから、そうそう誰かに名前との関係を知られることはないと思うが……
しかし、根っからの健康優良体で、ロギア能力者のエースが医務室に用なんてあるはずもなく。
そんなエースと名前との接点が見当たらずに一体なんの話だと身構えるが、腑抜けた顔で言うエースに拍子抜けする。
「……なんつーか、最近、妙に色っぽくねェ? いや、元々可愛いんだけど艶かしいっていうか、惹きつけられるっていうか………」
…………はァ?
何を言いだすんだ、コイツは。
「前まではさ、見掛けても挨拶されるだけで話したことはなかったんだけど、この間、思い切って話し掛けたらすげェ可愛いくて、めっちゃいい子なんだよ。それから名前を見るとなんかこう、胸の辺りがぞわぞわするんだ。これって、恋だよな……おれ、名前のこと好きになったみたいでさ……」
名前との関係に気付かれたわけではないんだと一安心するが、だらしなく緩んだ顔で名前への恋心を語るエースに、なんだか胸の辺りがつっかえる。
「彼氏とか、いねェのかなァ」
「……さあな」
とぼけて、はぐらかす。
咀嚼したレタスが中々喉を通っていかない。
別にレタスが嫌いな訳でもないし、さっきまではスムーズに飲み込めていたのに、何でだ。年のせいか? おれは水を含んで流し込む。
「でも狙ってる奴多そうだよな。よく声掛けられてるの見るし、あれだけ可愛いもんな。それに……」
「おい、エース、」
どういう訳だか、今日はやけにエースの言葉が耳に障る。
「くだらねェことくっちゃべってないで早く飯食えよい。次の島の買い出しは二番隊の仕事だろい。隊の奴らに割り振りはキッチリできてんかのかよい」
「……あ、やべ! 午後には着くんだっけ。急がなきゃ!!」
放って置けばペラペラと……
延々と名前の話しを続けそうなエース話をぶった切る。
うるさい口を塞ぎたくて仕事の話を切り出すと、エースは両手の肉を一気に口の中に詰め込み、両頬をあり得ない大きさに膨らませたままバタバタと食堂を後にした。
まったく、騒がしい奴だよい。
静かになった食堂で、新聞を広げて記事を読む。
最近とんと姿を見せなくなった赤髪の懸賞金がまた上がっている。名のある海賊団をぶっ潰したようだ。
近頃ぐんぐんと懸賞金をあげているのは気掛かりだが、オヤジの額には遥かに及ばない。少々癪には障るが、ここへ覇気を撒き散らしながらおれの引き抜きにくるよりは全然いい。精々頑張って懸賞金を上げてくれ。
他は特に気になる記述もなく、おれは新聞をたたむと食堂を出た。
甲板へ足を向け、眩しい陽射しを浴びながら煙草を咥える。
ジッポライターの蓋を開けると、キン、と小気味良い音が響く。風で消えないよう手をかざして火を点け、食後の一服を満喫する。
ああ、いい風だ。
頬を擽る風に身を任せ、抜けるような空に向かってふぅーと煙を吐き出す。欄干にもたれ掛かり、何気に風に流れる白煙を目で追うと、ふと名前の姿を見つけた。
誰かと話している様子の、名前。
相手はマストの陰になって見えないが、名前は笑顔を浮かべて相手の話に合わせ、楽しそうに頷いている。
生き生きとする名前を見るのは、久しぶりだった。
以前の名前は、顔を合わすと、いつもはにかんだ笑顔を浮かべていた。
なのに最近は笑わなくなった。
あんな風に楽しげな様子も見せない。
暗い表情で、時折、思い詰めたように何か言いたげにしては、言葉をぐっと飲み込んでいるようだった。
見るからに何か思い悩んでいた。
でもおれは話を聞くのが煩わしくて、名前が部屋に来たら話す機会を与えず、すぐに押し倒していた。
どうせロクな事を言われないのは分かっている。
余計な波風は立てたくない。
面倒事はごめんだ。
しかし名前はおれに見せなくなったその笑顔を、誰に見せているんだろうか。
一旦気になると確かめずにはいられなくて、おれは相手の見える位置まで甲板を移動する。
マストの陰にいたのは、エースだった。
エースは夏の太陽みたいに、明るく爽やかな笑顔を名前に向けている。
名前も、それに負けないくらい眩しい笑顔をエースに向けていて……
それを見た瞬間、心臓がドクン、と鳴った。
なん、だ……?
モヤモヤと、胸の中に得体の知れない感情が湧き起こる。それは、にこやかに会話する二人を見ていると、どんどん膨れて渦を巻く。
────なんだ、これ……?
痛いような。
苦しいような。
じっとしていられないような……
胸の中を掻き毟りたいような、そんなわけのわからない感情に支配されて、おれはその場に立ち尽くす。
足が棒のように固まり、煙草を吸うのも忘れ、ただ二人を見入った。
楽しそうに会話する、名前とエース。
エースはポケットに手を入れて何かを取り出すと、首を傾げる名前の手を取り、コロンと手の平にそれを乗せる。
飴玉か、チョコレートか。
遠目ではっきりと識別出来ないが、女が好みそうな可愛いらしい柄の紙に包まれていた。
瞬間、名前の顔がパァっと輝く。
エースはそんな名前を見て、照れながら頭を掻いている。
ギリっと、奥歯が鳴った。
不愉快だった。
無邪気に笑う名前が。
照れ臭そうに笑うエースが。
一刻も早く二人を引き離したくて、食堂で伝えた件を終わらせたのかエースに確かめてやろうと足を一歩踏み出した時、エースの元に駆け寄る野郎がいた。
二番隊の奴だ。
エースはその隊員から二言三言告げられると、ここまで聞こえるほどの大音量で「ヤベェー」と叫ぶと、泡食ったように走り出した。相変わらずうっせェな。
名前はそんなエースの背中にクスッと笑い声を零すと、嬉しそうに手の平を見つめ、それを胸元のポケットに仕舞った。そしてエースとは反対方向、つまりおれのいる方へと足を向ける。
隠れようとしたが、遅かった。
おれの存在に気付いた名前が驚いて立ち止まる。目が合うと少し迷うような素振りを見せるが、こちらにやってきた。
「あの、マルコ隊長…………」
躊躇いがちに話しかけてくる、名前。
その顔には、エースと話していたときの輝きはない。
笑顔もない。
あるのは、憂いを帯び表情だけで……
……なんで。
……なんでだよい。
エースにはあんなに笑っていただろい。
なんで、俺には笑わない?
なんで、そんな苦しそうな顔しか見せないんだよい。
…………なァ、名前
お前はおれが、好きなんだろい。
だから、毎晩抱かれてんだろい。
だったら、他の男と口なんかきくな。
簡単に他の男に触れさせてんじゃねェよい。
────くそっ、イライラする。
押し殺せない神経の高ぶりに、頭の芯が焼き切れてしまいそうだった。
何が許せないのか自分でもよく分からない。でもとにかく無性に腹が立ち、せり上がる苛立ちをぶつけたくて、名前に冷たく吐き捨てる。
「…………何の用だよい。 人前では声を掛けるなって言ってるだろい」
「……っ、すみません。でも、どうしてもお話したいことがあって……」
無下にあしらっても食い下がる名前。
いつもはすぐ引き下がるくせになんだよ。どうしても話したいことって。聞いてやりたい気もするが、苛立ちを抱えるおれにそんな余裕はなかった。今は何も聞きたくない。
「あとで聞くよい。今夜も部屋に来るんだろい」
「……いえ、それが今夜は島へ降りる先輩が多いので、その穴埋めで行けそうになくて……」
「だったら、明日聞くよい」
「でも、部屋だとお話が……」
「悪ィが、もう行くよい」
数口しか吸えなかった煙草をポイっと灰皿に投げ捨てると、まだ何か言いかけている名前の言葉を遮り背中を向ける。
そのままスタスタと歩き、おれはその場を後にした。
だから、甲板に一人取り残された名前がどんな顔してたかなんて知らなかった。
