Novel

愛していると言ってくれ - 04

夕食のあと、風呂を済ませて部屋で待っていると、控えめなノックの音がする。

扉を開けると、名前がちょこんと立っていた。

「こんばんは、マルコ隊長。今日はありがとうございます」

約束の時間通りに現れた名前は、おれの顔を見るなり嬉しそうに頬を緩ませた。

その胸には例の酒が、しっかりと抱えられている。

宴の席でふと漏らしたおれの好みの酒を覚え、わざわざ取り寄せて持ってくる名前の健気さに、若干良心が咎める。

ナースと言えど、名前も白ひげ海賊団のれっきとした家族。

自分本位の復讐を名前にぶつけるのはやめて、純粋に酒だけを楽しもうかと思いかけた時、名前が胸に抱えている酒をおれに差し出した。

「……このお酒であっていますか? マルコ隊長の好きな銘柄は」

心配そうに瓶のラベルを見せる、名前

だが、ラベルよりも……

まずおれの目に飛び込んできたのは、大きく開かれた名前の胸元だ。

廊下が暗いせいでよく見えていなかったが、名前は襟ぐりが大きく開いたホルターネックのワンピースを着ていて、胸の谷間が丸見えだった。

スカートの丈も短く、ヒラヒラした裾から覗くのは、眩しいほどに白い太腿。

日頃の名前の私服がどんなものかは知らないが、いくら蒸し暑い海域にいるとはいえ、男と二人で飲むのにこの格好はないだろ。

無防備すぎる。

胸も、肩も、脚も、露出しすぎだ。

しかも、シャンプーの良い香りまでふわりと漂わせて……まるで『襲ってくれ』と言わんばかりの名前に目を細める。

────なんだ。

コイツも期待してるのか。

「ああ、この酒で間違いないよい」

おれは笑って酒を受け取ると、名前を室内に招き入れる。

そして、後ろ手でそっと鍵を閉めた。

「わぁ、広いお部屋ですね」

「んー、そうかい」

おれの部屋に初めて足を踏み入れた名前は、興味深そうに室内をキョロキョロと見渡す。

無駄なものを置かない主義のおれの部屋は、ローテーブルとソファ、それに事務机とベッドくらいしか家具がない。

どこにでもある簡素な部屋だとは思うが、個室は隊長格しか与えられておらず、ナース専用の大部屋にいる名前の目には珍しく映るんだろう。

「それにとっても綺麗ですね。清潔感があります」

「ごちゃごちゃしてるのは苦手でねい。物が少ないぶん、片付けも楽なんだよい」

「いえ、そうは言っても、男性でここまで整頓されてる方はあまりいませんよ」

「んー、まあ、多少の綺麗好きはあるが……隊長の部屋が散らかり放題だと、下のモンに示しがつかないだろい」

「確かにそうですね。他の方もこのお部屋を見習ってくれればいいんですが……」

諦めたように、ため息を吐く名前におれは違和感を感じた。

今の口振りだと、名前は様々な男の部屋を知ってることになる。

頻繁に出入りしているんだろうか。

そう考え、ふと思い出した。

以前、あの女が得意げに言っていたことを。

『ねえ、マルコ知ってる? 他のナースは皆性に奔放で、色んなクルーとの関係を楽しんでいるのよ。でも、私はマルコだけ。一途だと思わない? 』と。

当時は付き合ってるんだから当たり前だろ、と思っていたが、好きな男の身代わりにする方がよっぽど性質が悪い。

名前も、おれに気のある振りをして他の男とも遊んでいるんだろう。

まったく、女ってヤツは…………

これだから油断ならない、とつくづく思う。

おれは短く息を吐いて、まだ部屋を見回している名前を呼んだ。

「ほら、名前。部屋ばっかり見ててもつまらないだろい。コッチ来て座れよい」

「あ、はいっ」

二人掛けのソファに座って手招きする。

名前が慌ててかけ寄ってくる間に、酒のつまみをテーブルに拡げた。

小さめの容器に飾り付けられた彩り豊かなオードブルは、夕食後の片付けに追われるサッチに無理やり作らせたものだ。

完全な逆恨みは承知だが、女を取られた腹いせだった。

「わぁ、美味しそうですね」

つまみを見た名前は感嘆の声を漏らし、ソファにちょんと腰掛ける。

名前から受け取った酒の封を開けて、透明の液体をグラスに注ぐ。

久しぶりにこの酒が飲めると思うと、なんとも言えない嬉しさが込み上がる。

どこの酒屋にも置いておらず、なかなか手に入らない代物だ。

「そういえば、名前はこの酒をどこで手に入れたんだい? 滅多に市場に出回らない、幻の酒と言われてるんだがよい」

「あ、実はこのお酒、私が育った街で造られているお酒なんですよ」

「へえ、そうだったのかい。じゃあ、この酒の美味さは知ってるんだねい」

中身を満たしたグラスを手渡すと、名前は礼を言って受け取り、話を続けた。

「いえ、飲むのは始めてです。地元のお店にも並ぶことはほとんどないので。でもこれは醸造所に直接掛け合って、なんとか一本だけ融通して貰いました」

「そうかい、ありがとよい。おれもこの酒は一年ぶりだ。飲むのが楽しみだよい」

酒の礼を言いグラスを掲げると、名前は柔らかく微笑み、自分のグラスをおれのに合わせた。

カチン、と小さな音がして、中の液体が揺れる。

グラスに口付けると芳醇な香りが鼻腔を刺激した。一口含むと、この酒特有のキリッとした風味が広がり、思わず口の端が上がる。

あとにやってくるほのかな甘さもまた格別で、そのまま中身を一気に煽ると、名前もそれに倣うように、ぐびっと流し込んだ。

この酒は口当たりがよくて飲みやすいが、度数はかなり強い。

そんな飲み方をすれば、すぐに酔っちまうだろう。

ま、おれとしちゃそっちの方が手っ取り早くていいのだが。

そう思いながら空いたグラスをテーブルに置くと、名前が二杯目を注いでくれた。

「気が利くねい」

「あ、いえ。一杯目も私が注ぐべきだったのに、すみません」

しゅん、と肩を落とす名前の頭をポンと撫でる。

「そんなに気張るなよい。名前は酒を手に入れるのに手間をかけたんだから、酌ぐらいさせてくれ」

戸惑う名前の手からさっと酒瓶を奪い、彼女のグラスを満たす。

「そんな、隊長にお酌して貰うなんて恐れ多いです」

「いいから、いいから、気にせず飲めよい」

酒瓶に伸ばす手をやんわりと遮り、名前の届かない場所に瓶を置いて、

「今夜は無礼講でいいよい、敬語もなしで」

笑ってそう言うと、名前は驚いて「そ、それは、無理です!」と、両手をぶんぶん横に振る。

そんな彼女の焦りように苦笑して、おれは酒を呷った。