Novel
365日の光 - 11
マルコ隊長があのお婆さんと出会ったのは、イゾウ隊長と奴らの捜索している時だったそうだ。
お婆さんは私が海賊と消えた路地付近を伺っており、落ち着きのないその様子を不審に思ったマルコ隊長が話し掛けたのだと。
すると、いきなりガシッと手を握られ『名前ちゃんと同じ海賊団の方よね』とお婆さんに確認されたそうだ。
突然のことに面食らいながらも、マルコ隊長が肯定すると、お婆さんは私が海賊に連れて行かれたことを伝えてくれた。
とにかく急いで助けに行ってあげて、と急かされ、幻獣姿のマルコ隊長が空から私の姿を見つけた時……私の体は宙に投げ出され、今まさに剣が刺さりそうな瞬間だったそうで。
「…………本当に肝が冷えたよい。あと一瞬でも遅れていたら、名前の心臓には剣が突き刺さっていた……」
と、重い息を吐き出し、マルコ隊長は額に手を置いた。
「間一髪で抱き止めたが、名前は血塗れで酷い傷を負っていて……急いで止血はしたが、思わず奴らを殺しそうになったよい」
ギリっ、と音がしそうなほど強く奥歯を噛み締めるマルコ隊長は、その言葉通り遅れて駆けつけてきたイゾウ隊長に止められるまで、地面に這いつくばる奴らに蹴りを浴びせ続けていたそうだ。
しかし、やり過ぎだと制止したイゾウ隊長もまた、マルコ隊長の腕の中で血みどろで気絶する私の姿に怒り狂い、盛大に覇気を込めた銃弾を奴らに何発も撃ちこみ、危うく殺す寸前だったんだよい、とマルコ隊長がコッソリと教えてくれた。
バーサク状態のイゾウ隊長なんて、想像するだけで震え上がる。きっと、海軍大将よりも恐ろしかったに違いないだろうと、ほんのわずかだけ奴らに同情した。
マルコ隊長も、常に沈着冷静で理性的なイメージしかないが、そんな激しい一面があったことに私は相当驚いた。
その後、マルコ隊長は私の治療の為に一旦船に戻り、イゾウ隊長は奴らを全裸に剥き海軍詰所前に投棄してきたそうだ。
奴らは次の日の朝刊に、インペルダウンLEVEL4へ収監されることが決定したと発表があり、
「奴らには二度と会うことないから安心しろよい」
とマルコ隊長に言われ、私はひっそりと安堵の息を吐いた。
どれだけ平静を保っても、殺されかかった恐怖は体に染み付いている。
思い出すとまだ心も手も震えるが、奴らが捕まったことで少しだけ気が楽になったのは確かだった。
そうして船で私の治療を終えたマルコ隊長は街へ戻り、あのお婆さんをもう一度訪ねたそうだ。お礼も兼ねて。
住所は、イゾウ隊長があらかじめ聞いていたらしい。さすがは隊長。抜かりはない。
詳しい経緯はそこで婆さんに聞いたんだよい、とマルコ隊長が教えてくれ、一番知りたかった謎が解けた。そうだったのか、と一人納得していると、不意にマルコ隊長の優しい眼差しが私に向けられる。
「格上の相手に立ち向かうのは、相当覚悟が要っただろい。名前の、その勇気ある行動のお陰で親子は助かったんだよい。あの婆さんも島の人間を助けてくれたことに感謝してた。よく頑張ったねい、名前」
……と、突然、予想外に褒められ、うるっと泣きそうになった。
しかし、次の瞬間。
「でも、金輪際無鉄砲な真似はしないでくれ。今回は助かったが、一歩間違えれば名前は死んでいた。奴らに殺されていたんだよい!」
と、厳しく叱責されて、本当に泣きそうになってしまう。
「……すみませんでした……」
しゅん、と肩を落とす。
マルコ隊長の言う通りだ……
もしマルコ隊長が来てくれていなかったら、私はいまここにいない。間違いなく死んでいたのだ。
やるせなさに目を伏せて落ち込んでいると、思いがけなくふわりとした感触が頬を包む。
柔らかくて温かい、手のひらの感触。
びっくりして顔を上げると、青い瞳が苦しげに細まっていた。
「別に怒ってる訳じゃねェんだよい。ただ、心配なんだ。こんな傷まで作っちまって……」
頬に置かれた手の指先が、右目尻の辺りをそうっと撫でる。
「…………」
……どうして。
どうして、そんな顔をするの?
どうして、そんなに優しく触れるの?
鼓動が跳ね上がっていく。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。でも、どうやっても、見つめられると、触れられると、胸が高鳴ってしまう。
だって、好きなんだもん。
どうしようもないほど、マルコ隊長が好きなんだもん…………
どう答えればいいか分からなくて沈黙していると、マルコ隊長はやがて頬から手を離し、突然立ち上がった。
そして、お婆さんから預かっている物があると言って、部屋の片隅から何かを持ってくる。
お婆さんに貸した椅子だった。
椅子のお礼だという品も一緒に託されたそうだが、私の具合を見に訪れたイゾウ隊長が、中身を改めて持って行ったらしい。
お見舞いにきて勝手に人の物を奪うなんて、と内心非難するが、イゾウ隊長は目を覚まさない私を心配して、幾度となく足を運んでくれたそうで…………
そんなことを聞くと、あの無精なイゾウ隊長が……と、逆に申し訳なく思ってしまうから不思議だ。
ちなみにお婆さんのお礼の品はあのお店のイカ焼きだったそうで、それならイゾウ隊長が持っていってもおかしくないかと納得した。早く食さないと傷んでしまうし。
他にも、たくさんの人が代わる代わるお見舞いにきてくれたと教えて貰い、胸がじんとする。
今まで誰にも必要とされてないと思っていたけれど、こんなにも大勢の人が気にかけてくれているなんて。
医務室嫌いのオヤジまで訪問してくれたそうで、私は感激した。
オヤジは青白い顔で眠る包帯姿の私に大層心を痛め、おれの娘を傷物にしやがった海賊の息の根を止めてやる! と、針路をインペルダウンに変更しようとしたそうで…………
いや、さすがにそれはダメだ、訊けねェ、とみんなが諫めるなか、この船の針路を決めるのはおれだ! と、いきり立つオヤジが海震を起こして大変だったんよい、と遠い目で苦笑いを浮かべるマルコ隊長に、私もつられて苦笑した。
オヤジにまで心労をかけてしまったことを苦く思いながら、オヤジの気持ちは心に刺さるほど嬉しかった。
「……疲れたかい?」
話を終えたマルコ隊長が椅子から立ち上がり、私の顔を覗き込む。
長い話だったから、体調を気遣ってくれているのだろう。
私はフルフルと首を振る。
「大丈夫です。色々教えてくださって、ありがとうございました」
事細かに事情を教えてくれたことにお礼を述べると、マルコ隊長は緩く微笑んで応えてくれた。
それにしても、まさかあのお婆さんが登場するとは思いもしなかった。
マルコ隊長と接触した、と聞いたときは冷や汗もんだったけれど、手配書のことや、私が話したディープな内容については上手く伏せてくれたようで安心した。
お婆さんには、今まで誰にも話せなかった胸の内を聞いてもらい心を軽くしてもらっただけではなく、この命まで助けてもらった。
必ずいつか、感謝を伝えに行こう。
「名前」
ぐっと拳を握り、意気込んでいると、ふと名前を呼ばれる。
さっきよりも、幾分トーンを下げたマルコ隊長の声……
なんだろう。
顔を上げると、神妙な面持ちのマルコ隊長と目が合う。
「実は、もうひとつ話したいことがあるんだ」
真剣な眼差しを向けられ、困惑する。
緊張しているような、あまり見ない様子のマルコ隊長に身を固くする。
なんの話だろう……?
まさか、重大な病気でも見つかったんだろうか。
急に心細くなった私は、胸元のポケットに手を伸ばす。お守りがわりのソレに触れていると、不思議と心が落ち着くのだ。
しかしポケットに手を忍ばせるも、必ずそこにあるはずのモノが…………
