Novel

別れの果てに - 02

思い出がたくさんあるから別れられない?

そんなことはない。

三十年寄り添った夫婦でも別れるときは別れる。

私とマルコは十四年の間を家族として過ごし、その半分を恋人として過ごした。

気持ちが通じ合って喜んだ日も、初めてキスした日も、初めて結ばれた照れくさい朝なんかも当たり前のようにあった。

でも、それらは全て過去のこと。

人は『過去』ではなく『今』を生きている。

────いつからだろう?

マルコが私以外の女性を抱くようになったのは。

期待して、裏切られて、落胆して。

気付かない振りして笑う私を置いて、あなたは島へ降りていく。

船に戻ったあなたからは、いつだって女性の香りがした。

その手で私に触れないで。

他の女性を抱いた腕で、私を抱かないで。

心が悲鳴を上げる。

限界だと思った。

『別れたい』

そう告げた私にあなたが返した言葉は、たった一言。

『……わかったよい』

予想通りだった。

あなたが何も言わないことなど最初から分かっていた。

いつだって、受け身のあなた。

告白したのも、私。

キスを求めたのも、私。

その先の行為をせがんだのも、私。

デートに誘うのも、何かを提案するのも、いつもいつも私。

私が怒っても、あなたは困ったように後ろ頭を掻くだけ。何も言わない。

それがあなたの“優しさ”なのかもしれない。

だけど、今は引き止めて欲しかった。

私が必要だと、縋って欲しかった。

諦めにも似た感覚に、渇いた笑みさえ浮かばない。

期待した私が馬鹿だった。

海賊である以上、女なら一度は憧れるであろう結婚という次のステップはない。

でも、もしかしたら……

そんなわずかな希望は、なくさずに持っていた。

だけど、ひと月前。

私は偶然にも聞いてしまったのだ。

所用で医務室へ向かう途中だった。

オヤジの部屋を横切ると、ふいに聞こえてきた私の名前。

思わず立ち止まると、部屋の中でオヤジとマルコが会話をしていた。

立ち聞きするのは悪いと思い、すぐに去ろうとした。

けれど、

『……マルコ。おめぇ、名前と結婚しねェのか?』

オヤジから発せられた言葉に、私の足はピタリと床に張り付いた。

どう、答えるのだろうか……

マルコの返答が知りたくて、つい聞いてしまった────

『しないよい……』

と、きっぱり言い切ったあなたの声を。

愕然とした。

足を止めなければ良かった。

すぐに立ち去れば良かった。

それを聞いていなければ、いつかはマルコと。

そんな淡い夢を持ちながら、今もあなたの帰りを待ち続けていただろう。

だけど、その想いすら打ち破られて……

その日から、私は彼を拒絶した。

『結婚』という二文字がこの先もないのなら、私とマルコは互いを想うキモチの上で成り立つ関係だった。

なのに、あなたは私以外の女性を抱く。

それでも我慢していたのは、あなたが好きだから。

いつか私だけのマルコに戻ってくれるんじゃないかと期待していたから。

だけど、もういい。

疲れてしまった。

疲れ切ってしまった。

私はもう、恋人として、パートナーとして、あなたを信頼することはできなくなった。

……ならば、元の関係でいい。

隊長としてのあなたは尊敬できる。

付き合う前の二人の関係に戻るだけだ。

それに、あなたはどうせ、私が居なくなっても困ることはないのだろう。

七年も付き合ったのに、理由も聞かず別れ話に了承されて。

別れた日から、十日過ぎてもあなたは平気な顔して隊務をこなしている。

あなたに取って、私は何だったのだろう。

私は、あなたに愛されていたのだろうか。

疑問だけが浮かんでは、消えていった。

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