Novel
あなたに囚われて - 03
腕の中で、ぐったりと名前が倒れ込んだ。
おれはシャツを脱いで床に放り、そこへ彼女を横たえる。
乱れたズボンの前だけ雑に整えながら倉庫の隅に積まれた布を一枚つかむと、彼女の胸元からそっと掛けた。
深く息を吐き、隣に腰を落とす。そして、その顔を見つめた。
上気した頬に、いくつも残る涙の筋。
濡れた睫毛と、唾液に光る唇。
情事の痕はこんなにも色濃いのに、その表情はどこかあどけない。
手を伸ばし、熱を持った頬を撫でてみる。彼女が目を覚ます気配はなかった。額に張り付く前髪を払い、乱れた髪を優しく梳く。なめらかな感触に指先を滑らせながら、おれはただぼんやりとその顔を眺め続けた。
しばらくそんな静かな時を過ごしていると、ふいにノックの音が鳴り響く。
破られた静寂に小さな息を吐き出すと、おれは返事をして扉の前にいる人物を中へ促す。
ここへ奴が来ることは、あらかじめ分かっていた。
扉が開いて明かりが差し込める。
コツコツと、ゆっくりと足音を鳴らして目の前までやって来た人物は、おれの隣で気を失っている名前に視線をやり、これ見よがしにため息を吐いた。
「ったく、ちょっとは加減してやれよ……」
呆れた声をあげる奴をチラっと見上げる。
「これでもしてるよい」
言い返すと、更に深いため息を吐かれた。
「うそつけ、毎度毎度失神するまで責めやがって。その間、誰がここに人を近付けないようにしてると思ってんだ」
「はいはい、感謝してるよい」
いつものように小言を唱える奴──サッチに、おれはいつも通り軽く返す。
「ほら、湯とタオル持ってきてやったから拭いてやれよ。このままじゃ名前も気持ち悪いだろ。それとも今日はおれが拭いてやろうか……」
「触んな、サッチ、殺すよい」
ギロッ、と睨みつける。
サッチは名前に伸ばしかけた手を引っ込めると、桶とタオルを床に置いて両手を上げた。
「おお、こわ。ただの冗談だよ。お前ェが名前に執着してるのはよく分かってる。手は出さねェって」
「ならいいが、冗談でも名前に触れたら、お前でも許さねェよい」
「覇気まで出すなって。ってか、そんな独占欲丸出しにするほど惚れてんならさっさと告白しちまえよ。これだけヤッてんだから、名前も受け入れてくれるかも知れねェじゃん」
「バカ言うな。今更言えるわけねェだろい。嫌がる名前を無理やり犯したんだよい、おれは」
「……まあ、それは知ってるけど、エースに取られると思ったんだろ」
「……ああ、そうだよい」
おれは名前が欲しかった。
手に入れたかった。
だから名前をおれの隊に入れ、手元に置いて大切にした。
いつかおれに気持ちが向けばいいと思って。
なのに、名前はエースに惹かれた。
名前の視線がエースを追ってると知った瞬間、おれは目の前が真っ暗になった。ドス黒い感情に支配され、自分でも制御できなくなった。
裏切られた気分だった。
あれだけ可愛がってやったのに、名前はエースを選んだ。
おれではなく、エースを。
頭がおかしくなりそうだった。
その夜、おれは彼女を部屋に呼び出した。
『何かご用ですか?』と、無邪気な笑顔を浮かべてやってきた名前をベッドに押し倒し、裸に剥いて滅茶苦茶に犯した。『やめて』と涙を流して懇願する名前をベッドに括り付け、一晩中犯し続けた。
次の日も、次の日も。名前が抵抗すれば酷くして、逃げればもっと酷くした。二度と逃げる気が起きないよう、二度とおれから離れる気が起きないよう、徹底的に責めて責め尽くした。
今でもたまに思い出す。
あの時の、名前の悲痛な叫びと泣き顔を。
「……名前は、おれを恨んでると思うかい」
ポツリと呟く。
サッチは少し思案して答えた。
「さあな……でもおれが女なら、殺したいくらい憎んでるだろうな。自分を無理やり犯した男なんて」
「……そうだろうねい」
自嘲気味に口元を歪ませる。
名前の尊厳も誇りも傷付け、自分勝手に犯して陵辱したんだ。今更想いを告げるなんて出来るはずがない。きっと名前もサッチの言う通り、おれを殺したいほど憎んでいるだろう。
「そう思うんなら、解放してやったらどうだ」
サッチは立ち上がり、名前の顔を見下ろす。
そう出来たらどんなに楽か。
恨まれてもいい。憎まれてもいい。
名前を手元に置いておけるなら、おれはどんな手段も厭わない。
……逆もまた、そうだ。
「……解放? 名前を手放すくらいなら、この手で殺すよい」
そうすりゃ、一生おれのもんだろい。
平然とそう言いのけるおれのことを、サッチはまるで化け物でも見るような目で見つめていた。
「……お前は、異常だよ」
そうかもな。
おれはとっくに囚われているんだ。
この、狂おしいほど、愛しい女に。
未だ意識を飛ばしたままの名前の頬をひと撫でして、おれはクスリと笑った。
