Novel
大切なもの - 01
よく晴れた昼下がり。
夕方の上陸に備えて忙しく動き回っていたおれは、遅めの昼食を取りに食堂へ向かった。
総勢千六百人が乗る船とはいえ、昼時を過ぎた食堂は閑散としている。
数人のクルーが休憩しているだけ。
あとは皆仕事に戻っているようだ。
昼食時はカウンターに並んでいる料理もすでに片付けられている。
厨房へ行き、目に付いたコックに遅くなったことを詫びると、昼食の残りのエビピラフと野菜スープを温め直してくれた。
ふわりと立つ湯気に食欲をそそられる。
ぐう、と鳴る腹を抑え、料理をトレーに乗せてテーブルに向かう。
すると、いつもの席に向かう途中でエースを見つけた。
エースはウチの二番隊隊長だ。若いながらも、その人懐こい性格でクルーたちに慕われ、普段から大勢の連中に囲まれてバカ騒ぎしているような奴。
そんなエースが、ぽつんと独りでいるのは珍しい。何となく気になったおれはエースの前に腰掛けた。
「おう」
「……あァ、マルコか」
エースはチラリとおれを見るが、すぐに手元のカップに視線を戻す。
つられてカップに目をやると、飲まずに放置されたコーヒーが目に入る。
ほとんど減ってないし、湯気も立っていない。
「どうした、元気ないねい」
「いや、そんなことはねェよ……」
緩く首を振って否定するが、ため息を吐きながら冷めきったコーヒーカップの持ち手をぐるぐる回すエースに、いつもの覇気は感じない。
どう見ても、鬱々としていた。
まぁ、最近では白ひげ海賊団に戦いを挑む無謀な輩もおらず、長い航海の間、ずっと船に篭っていれば若いエースには色んな欲求が溢れ出すんだろう。
そこでおれはふと思い立ち、スープを飲む手を止める。
「なァ、エース。上陸したら女の所に行かねェかい?」
「え? マルコ、名前と付き合ってるんだろ。別れたのか?」
「いや、まだ付き合ってるよい。でも、それはまた別もんだろい」
「ハァ? ……なんだよ、それ」
おれの答えに呆れたような声を上げると、エースは眉を寄せておれを見る。
「名前に不満でもあんのかよ?」
「ひとつもないよい」
「なら、女遊びなんかやめて名前を大切にしてやれよ」
真っ向から正論を吐く若いエースに、思わず苦笑する。
確かに、エースの言う通りおれには付き合い始めて五年目になる名前という女がいる。
穏やかで芯の強い、いい女だ。
五年付き合っても毎晩一緒に眠るくらい仲も良いし、おれが多少の勝手をしても不満も言わないよく出来た女。
長く付き合っている分、多少のマンネリはあるが、容姿、性格、体の相性、どれを取ってもおれの中に名前以上の女は存在しない。
海賊稼業じゃなければとっくに結婚して、ガキの一人や二人作っていただろう。
だが海賊なんて奴はテメェ勝手なもんで、どれだけ惚れた女がいようと一旦陸に上がると、無性にその土地の女を抱きたくなるもんだ。
それが海賊の性か、男の本能なのかは知らないが、長年体に染み付いちまった習慣は名前と付き合っても変わることは無かった。
「名前にバレても知らねェからな」
「その辺は上手くやってるよい」
皮肉を漏らすエースに言い返すと、エースは、フン、とそっぽを向く。
まるでガキだな。
「んで、どうするんだよい。たまには抜かねェと、体に毒だよい」
「……いらねー。てか、マルコも行くなよ。名前が泣くだろ」
「知らなきゃ、泣かないよい」
「…………じゃあ、勝手にしろよ。おれは仕事に戻る」
苛立ったエースが席を立つ。
おれに言っても無駄だと悟ったらしい。
ケツの青いエースに、この手の話は早かったかねい。
おれはため息をついて、奴の刺青を見送った。
エースに止められ、ほんの少し気は咎めるが、もうその気になっちまってる。
名前に僅かな罪悪感を感じつつ、上陸したら女の所へ行こうとおれは決めた。
