Novel

タブー - 02

エース隊長は、まるで嵐のようだった。

……いや、それよりも。

今、サラッと衝撃的なことを言われたような。

サッチ隊長がナースの子と付き合ったとか、なんとか。

思わずマルコ隊長を見上げれば、彼は眉間に深い皺を刻みながら頭をガシガシ掻いている。

「……い、いいんですか?」

確かめずにはいられなくて問い掛けると、マルコ隊長は頭の手を下ろし、ふう、とため息を吐いた。

「……もう付き合っちまったしなァ」

「でも、恋愛は禁止のはずじゃ……?」

「サッチは船から降ろせねェよい」

「そんなっ、ズルいです!」

「ズルい?」

「お付き合いを認めるんですか!?」

もう一度、ため息が聞こえる。

今度は深く長いため息だった。

私の隣に立っていたマルコ隊長は、私をソファに座らせ、自分は執務机の椅子に座り眼鏡を外して私を見つめる。

「付き合っちまったもんはどうしようもねェだろい? 今更別れさせても余計燃え上がるだけだよい」

「……でも、そんな……」

そんなの、ズルいよ……

私だって気持ちを伝えたい。

振られてもいいから打ち明けたい。

とっくに心は悲鳴をあげてる。

ずっと我慢してた。

みんなも同じだと思ってたから耐えられた。

だけど、もう限界だ。

他の人は良くて、私はダメなんて……

こんな嫌な気持ちを持ったまま、マルコ隊長の傍には居られない。居たくない。

私は決意してマルコ隊長を見る。

「……マルコ隊長」

「なんだい」

「私を次の島で船を降ろして下さい。乗船資格をなくしました」

「……はァ?」

「恋愛感情を持ってる人がいます」

「…………」

マルコ隊長、呆れてる……?

いや、怒ってるのかな。

無言でこちらを見るその表情からは読み取れないけれど、「はァ?」と言ったその声は怒りを抑えてる様な低い声だった。

……怒って当然か。

最初に出された条件を破って恋愛しちゃったんだもん。

失望するよね。

「……言われたこと、守れなくてすみませんでした」

震える唇を噛み締めて、目を閉じた。

部屋の外からは「ホントあちーなー」「早く島につかねーかなー」と、廊下を歩くクルー達の呑気な声が聞こえてくる。

陽気で優しかった皆。

寂しい気持ちはあるが、もうここには居られない。

出て行く覚悟を決めて立ち上がり、もう一度マルコ隊長に向き合う。

「乗船条件を破ってしまい、本当にすみませんでした……」

頭を下げて、扉へ向かった。

ドアノブに手をかけ、ガチャリと回した瞬間。

「待てよい……」

ギシッ、と立ち上がる音がして、近づく影。

それは私のすぐ背後で止まり、わずかに開いた扉に手を付いて閉める。

名前、お前ェ……そんなにサッチが好きだったのかよい」

「………………へ?」

思ってもみない言葉に間の抜けた声を上げてしまう。身体ごと振り返ってみれば、目線のすぐ上に私を見下ろす不機嫌そうな顔。

マルコ隊長のこんな顔を見るのは初めてだ。

怒られたこともなければ、怒ってても表情を変えない人だった。

けれど、怖さよりも近さが。

前髪を揺らす、その吐息が。

私の鼓動を早くする。

「サッチが好きで、サッチが他の女と付き合ったから船を降りるんだろい?」

「い、いえ……」

「アイツはもう他の女のモンだ」

「ち、ちが……」

「お前ェが好きでもどうにもならねェ」

反論を全て遮り、矢継ぎ早に言われる。

「……だから名前が船を降りる必要性はねェ。この話はもう終わりだよい。……これ以上何を言おうと下船は許さねェ」

わかったねい、名前、と念を押されて狼狽える。

……どど、ど、どうしよう……

思いっきり誤解されちゃってる……

しかも、船を降ろさないなんて。

このまま死ねと。

恋の病を患って、死ねと。

そう仰るんですか。

あなたは。

「…………」

無理だ!

そんなの無理だ!

好きすぎて頭がおかしくなりそうなんですよ!

いや、すでになっている!

毎日毎日マルコ隊長に告白する夢を見ては、ハッと飛び起きて、喉を潰そうかと本気で考えているんだ。

言いたくて、でも言えなくて、心は爆発寸前なのに!

もう、耐えられない!

耐えられるもんか!

私は、マルコ隊長を見据えて思いきり叫んだ。

「わかりませんっ! 私はこの船に乗る資格がなくなったんです! 潔く船を降ります!」

言い切ると同時に、ドン、と拳が扉に叩きつけられる。

「降ろさねェって言っただろい! しつけェんだよい!」

ビクッと身体が揺れる。

足が竦む。

な、なんで……?

なんでマルコ隊長は船を降してくれないの?

どうしてこんなに怒るの?

……怖い。

室内の温度が急激に下がったように感じる。

でも怯んでいられない。

私にも引けない理由はあるんだ。

いっそ、想いを告げてしまおうか……

何もかもブチまけてしまったら。

それなら、彼も呆れてあっさり下船を許可してくれるかもしれない。

私は決心して、ごくりと息を飲み込む。

「聞いてください、マルコ隊長」

「……なんだよい」

「私はサッチ隊長の事が好きなのではありません……」

「はァ?」

「私が好きなのは……私が条件を破って好きになってしまったのは……」

思いっきり息を吸って、吐くと同時に想いを告げた。

「マルコ隊長です。ずっと好きでした。今まで隠していてすみませんでした。好きで……好きすぎて辛いんです。もう心が持たないんです。だから最初の約束通り、船を降ります。降ろして下さい……」

……ああ、言ってしまった。

ついに、タブーを口にしてしまった。

嫌われるかもしれない。

呆れられるかもしれない。

……でも、もういいんだ。

悔いはない。

一気にまくし立てると、じわっと涙が溢れてきた。

涙を見せたくなくてうつむくと、薄い膜の先にあるマルコ隊長の足が一歩近付いた。

「……いつからだよい?」

「ぇ……?」

「いつから、おれを見てくれてたんだよい」

「あ、えと……この船に乗って3ヶ月ほど経った頃です」

そんなに早くから条件を破っていた私をマルコ隊長はどう思うんだろう。

余計に呆れちゃうかな。

でも、嘘はつけないし。

もう船は降りるんだから本当のこと言ってもいいよね……

居心地悪さを感じながらも部屋を出て行くわけにはいかなくて。うつむいたまま視線を泳がせていると、背中に腕が回され、ぐいっと引き寄せられた。

そして、密着する身体の熱に驚く暇もなく、耳元に声が吹き込まれた。

「……おれは、もっと早かったよい」

「ぇ……?」

言葉の意味を上手く飲み込めず、私は固まってしまう。

名前にああ言った手前、ずっと言えずにいた。本当は乗船条件なんかねェんだよい。ただ、名前が誰かと付き合う所を見たくなかった。……だから、あんな条件を付けたんだよい」

……え、え……?

話の展開についていけない。

マルコ隊長は一体何を話しているんだろうか。

「……あの酒場で初めて見た時から惚れてた。おれは名前に会いたくて店に通ってたんだよい。でも名前は、サッチとばかり楽しそうに話しておれには興味無さそうだっただろい。それなら……名前がサッチや他の誰かのものになるくらいなら、いっそこの想いも隠すから恋愛ごと禁止にしてしまえばいいと、そう思ったんだよい」

……確かにお店ではサッチ隊長とばかり話してた気がする。だけどそれは客商売だし、静かに飲むマルコ隊長と違ってサッチ隊長はフランクに話しかけてくれるから答えていただけで、サッチ隊長にはなんの感情も……って、ううん、それよりも。

つまり、私は騙されていたということだろうか。

「騙して悪かったよい。でも名前がサッチと話し込んだと聞いただけで苛ついて、名前がサッチを好きだと思うとあんなに頭に血が昇って……名前が誰かと付き合っていたら、おれは相手の野郎を間違いなく海に蹴り落としてるだろうから、乗船条件は付けて良かったと思ってるよい」

エースの野郎も勝手に名前に抱きつきやがって……後で必ず蹴ってやる。と、怖い顔で物騒なことを言う。

私はというと、マルコ隊長の体温に包まれながらあまりにもたくさんのことを言われて、半ば放心状態だった。

しかし、内容をひとつずつ噛み砕いていくと、ふつふつと怒りが込み上げてくる。

……えーと、じゃあ、なに?

この、2年と数ヶ月。

想いが通じ合っていたのも知らないで、ずっと一人で悶々と思い悩んできたの?

眠れない夜を何日も過ごしたのに?

ううん、それだけじゃない。

口が利なくなったらいいとか、

目が見えなくなったらいいとか、

そんなことまで考えてた私の気持ちの矛先は、一体何処に収めればいいのよ!

「なあ、何か言ってくれよい名前。騙してたこと、怒ってるのかい……?」

当たり前でしょ! と言ってやりたかったけれど、先ほどのおっかない物言いから一転、弱々しく問うマルコ隊長に、うっと言葉が詰まる。恨み言はたくさんあるけれど、私は黙って頷くしか出来なかった。

「……本当に悪かったよい。自分でも情けねェと思うが、名前が誰かのものになるなんて耐えられなかったんだよい」

「…………」

「……名前の事が好きで堪らなかったんだよい」

「…………」

「許してくれよい、名前……」

苦しくなるほどギュッと私を抱き締めて、次々と耳元で囁く。

その言葉はどれも熱くて、私の胸の中の氷を溶かしていった。

大好きな人に、こんなに情熱的に謝られて許せない人はこの世にいないと思う。

「……もう、マルコ隊長はズルイです」

私は、ふっと息を吐いた。

「そんな風に謝られると、許す他ないじゃないですか」

そう言ってマルコ隊長の背中にそっと腕を回すと、彼の身体がピクリと反応した。そんな彼を可愛いと思った。

「許してくれるのかい?」

「はい、水に流します。その代わり、と言ってはなんですが、ひとつお願いしたいことがあります」

「ああ、何でも言ってくれ。食事や酒ならいくらでもご馳走するし、貴金属や宝石も欲しいだけプレゼントするよい」

これでもカネは結構持ってるから安心して言ってくれよい、と、“お願い”と聞いて物質的な発想をするマルコ隊長に、思わずぷっと吹き出してしまう。

私は違いますよと首を振り、恥ずかしさを押さえながら願い事を伝えた。

「もう一度、きちんと好きだと言って下さい」

怒涛のように色んなことを告げられ、一番嬉しい言葉を聞き流してしまったのが残念だった。しっかりと、もう一度この耳で聞きたい。

照れながらもお願いすると、マルコ隊長は私の身体をギュッと力一杯抱き締めた。

その力強い抱擁にしばらく身を任せていると、マルコ隊長が少しだけ身体を離し、クイっと私の顎を持ち上げる。

私を見つめるマルコ隊長と目が合う。

「好きだよい、名前。初めて見た時からずっと好きだった」

熱のこもった目で告げられ、心臓がドクンと高鳴った。

私も彼の瞳をじっと見つめて返して、それを唇に乗せる。

「私も、マルコ隊長が好きです」

今まで言えなかった分の、想いの全て詰め込んだ。

これからは、いつでもこの言葉を口にしてもいい。

そう思うと、私の胸は熱く焦げついてしまいそうだった。

禁句は、禁句じゃなくなった。

「ずっと、好きでした」

ありったけの愛を込めて言うと、嬉しそうに持ち上がったマルコ隊長の唇が、そっと私の唇に触れた。

柔らかなその感触に、私の胸はさらに高鳴った。

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