Novel

存在意義 - 01

俺はいま、人生最大のピンチを迎えている。

真夜中、ふと目を覚ましたら、妹が俺のペニスをしゃぶっているんだ。

これは夢か現実か……

回らない頭で俺は必死に昨夜のことを思い出した。

昨日は俺の大切な妹、名前の二十歳の誕生日だった。

綺麗に育った妹。

海賊船に乗せておくには惜しいほど可愛く成長した妹を祝う宴が開かれ、俺はいつになく大量に酒を飲んだ。

それはもう、しこたま飲んださ。

だって、そうだろう。

名前は、幼い頃に死んじまった彼女の両親に代わり、俺がこの手で育ててきたんだ。

血の繋がりこそないが、死にかけていた俺を引き取り、我が子同然に育ててくれた義理の両親の傍で、名前が産まれた時から見守り続けた。

赤ん坊の妹に触れるたび、この世にはこんなにも愛おしい存在がいるのかと、心が温かくなったのを今でも覚えている。

小さな手で、俺の人差し指をきゅっと握る無垢な妹を、一生かけて守ると誓いを立てた。

その名前が、二十歳になった。

二十歳といやぁ、もうれっきとした『大人』だ。

俺はこの日の為に心血を注いできたといっても過言ではない。

兄の俺がいうのも何だが、本当に可愛く真っ直ぐないい子に育ったんだ。

そりゃあ、嬉しくて飲みすぎちまうだろ。

立派に育った名前を感慨深く眺めながら祝杯を上げ続けた俺は、宴が終わっても興奮冷めやらず、嫌がるマルコの部屋に押し掛けて酒に付き合わせた。

そこまでの記憶はある。

だがその後の記憶が、ない。

部屋へ戻った記憶も、ない。

おそらくマルコが部屋へ担ぎ込んでくれたんだろうが……

なぜ、こんなことになっている!?

一体、なにが起こったんだ!?

***

薄暗い部屋のベッドの上、剥き出しのペニスをちろちろと舐めている妹にくらりと眩暈がする。

あまりに非現実的な光景。実は俺はまだ寝ているんじゃないか。そんなことを思い頬を引っ張ろうした。すると、それに気付いた妹が俺を見た。

「あ、ごめん! 起こしちゃった?」

目が合った妹の態度は、普段となんら変わりない。

なんだ? やっぱり夢か?

「あ、いや、えーと……名前、だよな。お前、なにしてんだ……?」

「なにって……お兄ちゃんが、時々リズやエミリとしてることだよ」

にっこり微笑んで答える名前に、気が遠くなる。

リズとエミリはこの船のナースで、何というかまぁ早い話、セフレだ。

二年程前からたまに寝る。

いまも目を開くまでリズかエミリがベッドに忍び込んできたんだと思っていたんだが……なぜ、名前がそれを知っている。

「何度か見たことあるんだ。お兄ちゃんが二人とシてるとこ」

ああ、なるほどね。ってバカか、俺は。

妹にそんなとこ見られてどうする。

「だから、私もお兄ちゃんを気持ちよくさせたくて練習したんだ。どう? 気持ちいい?」

「まて、名前、うっ……」

パクッ、と咥えられるムスコ。

驚きと混乱で少々萎えかけていたムスコだが、熱い口腔の感触にまたムクムクと勃ち上がっていく。

普通なら、これだけ酒が入れば勃たなくなったり射精しなくなったりするが、俺にそんな理論は通用しない。

どれだけ泥酔しようが、ヤレる気配さえあれば、俺のペニスはいつでも臨戦態勢なのだ。

でも相手は妹。

勃たせちゃダメだろ。絶対に。

いや、それ以前に舐めさせたらダメだろが。

制止の声を無視する名前に実力行使で止めさせようともがくが、どうにも身体が上手く動かない。なんでだ。

「抵抗しても無駄だよ、お兄ちゃん。身体に力入らないでしょ? たっぷり薬盛ったから当分は動けないよ」

ふふっ、と髪をかき上げながら妖しく笑う妹にたじろぐ俺。

……誰だ、これは……

俺の知ってる妹は天使のように可愛いくて、サラサラの黒髪に真っ白な肌。小さな顔に大きな瞳で、バサバサのまつ毛を揺らしながら『お兄ちゃん』と、語尾にハートマークを付けたようにいつも甘えて呼んでいた。

なのに、いま目の前にいる妹は見た目こそ同じだが、街の娼婦顔負けの色気を孕んでいる。

このギャップ、あかんやろ。

並の男ならイチコロで落とせるわ……

いやいやそんなことより、薬って──

通りで身体がおかしいと思っていた。

さっき、頬をつねろうとしたときもピクッとしか動かなかった。

てっきり酒のせいかと思っていたが、いやはや薬のせいだったとは。

そういえば、マルコの部屋で飲んでるとき途中で名前が来たっけな。

一緒に少し飲んだあと『もう飲めない~』って自分の酒を『お兄ちゃん、飲んで』って渡してきた。

可愛く上目遣いでお願いされて思わず飲んじまったけど、なんか変な味だと思ったんだ。

あの酒に薬を混入させていたんだろう。

例え酔っててもコックの舌は誤魔化せないぜ。

まあ、可愛い妹にせがまれて全部飲み干したワケだがな。

……まてよ。

じゃあ俺、絶対絶命じゃんかよ。

局部さえ勃たなけりゃ諦めてくれると思うが、男のツボを心得ているような名前のフェラにそこはもう破裂しそうなほどビンビンだ。

最近ご無沙汰だったことを差し引いても、名前の巧みな舌遣いにやられている。

俺の知る限り名前は処女のはずだが(近付く虫は俺が退治した)なんでこんなに巧いんだ?

下手したらリズよりエミリよりも巧いぞ。

……まさか、練習って男のチンコでやったのか!?

じゅぽ、じゅぽ、と窄めた口で扱かれ、俺は焦って声を上げる。

「っ…うぁっ、ま、まて!名前、やめろ。マジで出ちまう」

「いいよ、出して。全部飲んであげる」

「いやまてダメだろ。ってお前、何でそんなに巧いんだよ……っ!」

「んふふ、たくさん練習したんだ。バナナで」

────え、

ちょ、おま、バナナって、まさか、

マルコのことかーーっ!!

「あっ、マルコじゃないよ。本物のバナナだから安心してね」

付け足された言葉に心底安堵する。

一瞬、あの房々黄色頭のイチモツを咥えて練習する名前を想像したが違って良かった。本当に。

いや、状況は何ひとつ変わっていないのだが。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私の初めては全部お兄ちゃんにあげるつもりだったから、今まで誰にも何もさせてないよ」

「まてまて! 初めてを俺にって、その発想がまずおかしいだろうが! 俺とお前は兄妹なんだぞ!」

俺は叫んだ。一刻も早く名前に立場を理解させペニスから口を離して貰わないと、本当にヤべェんだ。

まな板の鯉状態とはいえ妹の口に出すなんてダメだろ! 絶対に!!

魂の叫びが届いたのか、名前の口がちゅぽんと音を立てて離れていく。ひやり、と外気に触れたそこが噴火寸前からわずかに持ち直す。

しかし、起き上がった名前はまさかの裸で……ベビーフェイスに似合わない大きな胸がふるりと揺れ、またもペニスがピクリと反応する。

…………ここも、こんなに育ったのか。

すんでの所で射精は堪えたが、本当に危なかった。

顔を上げた名前のぽってりとした唇は赤くテラテラと濡れていて、なんつーかエロい。

名前はその上唇をぺろっ、とひと舐めして軽いノリで言った。本当に軽く。ちょっとそこまで買い物行ってくるね、くらいの感じで。

「だって私、お兄ちゃんが好きなんだもん」

「え」

「それに、血は繋がってないでしょ」

「えええええっ!?」

あっさりと告げられ、俺は驚愕する。

告白も驚いたが、それより驚いたのはもう一つの方だ。

なぜ本当の兄妹じゃないことを知ってる!?

俺はひた隠しにしてきたぞ。

俺以外にこの件を知ってる人物は二人。オヤジと……

「マルコが教えてくれたの」

やっぱりか! あんの鳥頭!

絶対秘密にしろって千本ほど釘を刺したのに、よりにも寄って本人に言いやがって……

「血の繋がりのない私を育てるのは大変だったよね……ありがとう。物心ついたときから本当のお兄ちゃんだと思ってたから、マルコに聞いた時は本当に驚いたよ」

……ああ、そうか。

名前は不安だったんだな。

だから、血の繋がりに代わる絆が欲しくてこんな暴挙にでたのか……

腑に落ちると共に、胸が苦しくなる。

きっと名前は一人で悩み、心を砕いたんだろう。

そんな必要、全くないのにな……

大丈夫だ、名前。なんも心配すんな。

血縁関係がなくても俺はお前の兄貴に変わりはねェ。

この船の奴らだってそうだろ。

血の繋がりはなくてもみんな兄弟。

立派な家族なんだ。

俺はそう言って名前を安心させてやろうとした。

しかし、一足先に耳に届いた言葉は予想と遥かにかけ離れたもので、俺の口がぽかんと開いた。

「すごく、嬉しかった」

…………へ?

聞き間違いだと思った。

でも名前は立て続けに言うんだ。

「もうね、ずっとずっとお兄ちゃん……ううん、サッチのことが好きだったから、嬉しくて嬉しくて……」

呼び名をお兄ちゃんからサッチに変え、呆然とする俺を置いてけぼりにして名前は語る。

だが、次々と紡がれていく内容は思った以上に衝撃的で俺は言葉を失った。

「初めはね、血が繋がってると思ってたから実の兄を好きになるなんて自分はおかしいんじゃないかって、随分悩んだんだ。そんな禁忌犯せないでしょ。だから諦めようとサッチから離れて距離を取ったの」

確か二年前のことか。

急に避けられるからてっきり男が出来たと思い、怪しげなクルーを片っ端から締め上げたことがある。

全員違ったから、ただの遅い反抗期だと思ってたんだがな。

「でも寂しさが募るだけで無駄だった。それで避けた分サッチに逢いたくて堪らなくなって、夜中に部屋に行ったの。そしたら、サッチはリズとベッドにいて……そのときに思ったんだ。ああ、私はサッチの一番近くに居るのにサッチと結ばれることだけはないんだって。この先、サッチが誰かと付き合って彼女だと紹介されても、私はそれを笑って受け入れなきゃいけない立場なんだって。そう考えたら、もう辛くて、苦しくて、胸が張り裂けそうで……サッチと結ばれないなら生きてても仕方ない。死ねば楽になれるんじゃないかって思って、夜の海に飛び込もうとしたんだ…」

…………うそ、だろ。

名前が死を考えるほど悩んでたなんて、全然知らなかった。そんな時に俺は能天気にリズと寝ていたなんて……

「でもマルコに見つかって止められたの。死ぬくらいなら教えてやるって。マルコは私の気持ちを知ってた。サッチを好きだってことも、私がいっぱい悩んで泣いてたことも、サッチから距離を取って諦めようとしてたことも全部。すごいよね、マルコって。何でも知ってるんだよ」

……いや、名前

それは、マルコがお前のことが好きだから分かるんだよ。

アイツは、お前のことが好きなんだ。

もう何年も前からアイツは……マルコはお前だけを見てたんだ。

俺はマルコになら、お前をやってもいいと思ってた。

大切なお前を、マルコになら任せられると思っていたんだ。

「だからね、サッチが本当のお兄ちゃんじゃないって分かって、私本当に嬉しかったんだ。諦めなくていいんだって思って……」

すん、と鼻を鳴らして名前が俺を見る。

大きな黒い瞳には、涙がいっぱい溜まっていた。

「好きなの、サッチ。私はサッチじゃないとダメなの……他には何もいらない……サッチがいてくれないなら、私なんかいらない……だから、お願い……」

俺の頬に触れる、名前の手。

その手は微かに震えている。

「……私を、受け入れて……」

閉じた瞳から零れる涙と共に、名前の唇が落ちてくる。

涙は、頬に。

唇は、俺のそれに重なった。

名前が一体どれほど悩み、死を考えるまで葛藤したのか俺には分からない。

幼い頃から長い時を一緒に過ごしておきながら、名前の気持ちに気付かない俺は愚かな人間だった……

…………いや、違うだろ。

本当は気付いてた。

名前が俺を見ていたこと。

その眼差しが決して兄を見る目じゃなかったこと。

なぜ気付いたか?

そんなの決まってる。

俺も同じ目で名前を見ていたからだ。

俺は自分が怖かった。

成長する妹に邪な感情を持つ自分が。

大恩ある両親を裏切るような気持ちを持ってしまう自分が。

だから血の繋がりがないことを隠して、誰よりも兄らしく在ろうとした。

腐った欲望を隠すためにリズやエミリと寝て、軽薄な自分を演じ続けた。

醜く歪んだ己の感情を誰にも悟られまいと心の奥底に封印し、蓋をした。

一生涯開けることのない固い蓋を。

なのに、名前にこんなこと言わせて……

こんなことまでさせて……

我慢なんて、出来るはずがなかった。

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