Novel
お酒に弱い隊長 - 03
「やっとくっ付いたな、あの二人」
「あァ、そうだねい」
二人が船内へ消えた後、おれとサッチは物陰から姿を現した。
名前がイゾウと会えたのか心配になり見にきたところ、丁度いい雰囲気の二人に出くわしたので、そのまま隠れて見守っていたのだ。
サッチの方は、先ほど真っ赤な顔で食堂へやってきた名前を心配して捜しているうち、おれを見つけて一緒に隠れていたというわけだ。
イゾウは無論おれたちの存在に気付いていたが、特に咎める様子もないので黙って二人を見ていた。
「しっかし、イゾウも酔って寝たふりなんてよくやるなァ。おれらの中で一番酒強ェくせに」
「まあ、そう言ってやるなよい。最初は名前の勘違いだったんだから」
ニヤニヤと、イゾウをからかう口実を作るサッチに苦笑をこぼす。この間も名前とのことをからかって眉間に銃口を突き付けられたばかりなのに、まったく懲りない奴だ。今度こそ本当に撃たれちまうぞ、と嗜めながらおれはイゾウから聞いたことを教えてやる。
「去年、夏島海域に入って熱帯夜が続いた日があっただろい」
「あー、覚えてる。毎晩寝苦しかったよな」
「ああ。それでイゾウの奴も眠れなくて宴の後、冷たい酒瓶抱えて外でうたた寝してたら、それを見掛けた名前に酔い潰れて寝てると勘違いされたんだとよい」
「へぇ、あのイゾウ相手に可愛い勘違いをするもんだな、名前も。それで奴は誤解させたまま、酒に弱いふりしてたのか」
「まあ、本気だったからねい、イゾウは。正攻法で口説こうにも名前には逃げられてたようだしな」
イゾウとは長い付き合いだ。奴が名前に本気だということは、容易に理解できた。それでも敢えて距離を詰めなかったのは、名前の気持ちが自分に傾きつつも、まだきちんと定まっていないことに気付いていたからだろう。
だからこそ、強引にアプローチするのではなく慎重に行動していた。距離を保ちながら、名前の気持ちの天秤が自分へ傾くようにゆっくりと。
「ま、本気になったイゾウから、名前は逃げられねェよい」
「はっ、違いねェ」
星空の下、サッチと二人顔を見合わせて笑う。
「そういや、マルコ」
「ん?」
「よく名前を十六番隊へ異動させてやったな。普段なら頼まれても認めねェだろ」
「今回ばかりは特別だよい。イゾウが誰かを欲しがるなんざ滅多にねェからな。オヤジが動かしてやれって」
「なんだよ! オヤジ公認かよ!」
ゲラゲラと腹を抱えてサッチが笑い出す。普段、隊のことはおれに任せっ放しのオヤジが口を出したのは、それほどイゾウの気持ちが強かったからだ。おれが名前の異動を渋ると、イゾウは迷わずオヤジの元へ直談判しに行った。クールで辛抱強い反面、無鉄砲なところもあるイゾウだ。そんな奴をよく知るサッチの脳裏には、オヤジに直訴するイゾウの姿が浮かんでいるのだろう。
名前は突然の異動に驚いていたが、その裏にはイゾウの明らかな独占欲が隠されている。それを知ったら名前はどんな反応をするのか今から楽しみだ。
「ところで、イゾウって夜はどんな感じなんだろな」
ひとしきり笑ったサッチが、乱れたリーゼントを整えながら目を細める。よっぽどおかしかったのか、その目尻には涙が溜まっていた。
「さぁな、アイツは娼館にも行きたがらねェし、そこまで知らねェよい」
「ふーん。でも名前は今頃イゾウに美味しく食われてんだろな。はぁー、いいな。どんなセックスしてんだろ」
「下衆い想像すんじゃねェよい」
ドスッ、とケツに一発蹴りをお見舞いしてやる。当たりどころが悪かったのか、サッチは悶絶しながら野うさぎみたいにぴょんぴょん甲板を跳ね回った。そんな奴を無視して、おれは軽く伸びをする。
「さて、めでたくイゾウと名前がくっ付いたことだし、おれは祝杯でもあげてくるよい」
「あ、待てよマルコ、おれも行く」
背を向けて歩き出すと、もう復活したらしいサッチが慌てて追いかけてくる。
「祝いなら花火でも打ち上げてやるか? この間沈めた敵船の積荷ん中にあっただろ」
「馬鹿言うな、そんな音立てたらアイツらの邪魔になるだけだよい」
「なんだ、マルコもしてんじゃん」
「ん?」
「下衆い想像」
ニヒッと笑うサッチに再び蹴りをくれてやる。
痛ェ、と呻いて床に沈む奴を放置して、おれは再び歩き出す。
夜空の下、音楽と笑い声が近付いてくる。これから宴も最後の盛り上がりを迎える時刻だ。
今から飲む酒は、さっきよりも美味いだろう。
イゾウと、名前。
ようやくくっ付いた二人を思うと、自然に笑みがこぼれた。
