Novel

彼は不死鳥 - 01

マルコ隊長が好きだ。

敵の前に立ちはだかり、頭上に振りかざされた刃から私を守ってくれた時、この気持ちに気が付いた。

気付いてからはもうダメだった。

仕事が手に付かない。何をしていても彼のことが気になって仕方がない。船上でも、戦場でも、私はずっとうわの空。

このままではいけない。告白しよう。

そして、潔く振られてしまおう。

こっぴどく振られれば気持ちに蹴りがつく。色好い返事が貰えるなんて、はなから期待していない。そのくらい弁えている。

だって彼は、一番隊隊長。この船で、オヤジに次いで偉い人、強い人、凄い人。

対する私は下っ端中の下っ端。辛うじて見習いではないものの、末端クルーだ。

それも、乗船年数が長いから脱見習いしただけの、実際は最近乗船した新人や見習いよりも弱くて使えないダメな奴。

それが、私。

ああ、自分で言って凹んできた。

だが、事実。

だからと言って告白を止めるつもりはない。

必ず、実行する。

空の彼方より、一層鮮やかな青色を纏いながら勢いよく敵船に突っ込むマルコ隊長。その惚れ惚れする長い脚で、敵船を見事真っ二つにする彼の姿に歓声を上げながら、私は告白を決意するのだった。

さて。

では、参ろうか。

やって来たのはマルコ隊長の部屋の前。

他の隊長の扉よりも叩かれ慣れているのだろう。一箇所だけ心持ち擦り減っている気がする、気の毒な木の扉を優しめにノックする。

時刻は日付が変わる一時間前。

先程まで敵船を沈めた祝いの宴が盛大に開かれていた。まだ甲板で盛り上がっている輩はたくさんいるが、マルコ隊長が席を辞して自室に戻ったのを確認して私も女部屋へと戻り、告白という神聖な儀式の前に清めの水(風呂)を浴び、舞い戻ってきた次第である。

「夜分にすみません。名前です。入ってもよろしいですか?」

「……名前? ああ、かまわねェよい」

珍客に驚いたのだろう。扉越しに戸惑いが伝わってくる。だけどすぐに柔らかな声で答えてくれた。

白兵戦に、負傷者の手当に、宴。と疲れる一日だったろうことは必至。しかも就寝前のリラックスタイムにも関わらず、他隊の下っ端である私を快く迎え入れてくれるマルコ隊長に感激すらする。好きだ。そんな優しい所もたまらなく好きだ。

「失礼します」

興奮を抑えて扉を開くと、マルコ隊長は机に向かってペンを走らせていた。宴の後なのにまだ仕事をしているなんてさすがだ。尊い。会釈をして中へ入ると「こんな時間にどうしたよい?」と、マルコ隊長が眼鏡の縁を上げながらこちらを振り向く。

「少し、お話がありまして」

そう切り出すとマルコ隊長はペンを置き、椅子を回転させて私に向き合ってくれる。

「……話? なんだい?」

「えーと、ですね……」

いざとなると、頭の中が真っ白だ。

口の中が妙に渇いてくる。視線を彷徨わせていると、カチャと音がして、見ればマルコ隊長が眼鏡を外して机の上に置いていた。青く光る瞳がこちらを見ている。レンズ越しでは気付かなかったが、その瞳の下には隈のような暗い翳りが窺える。

……やはり、疲れているのだ、彼は。

それなのに、なにを邪魔しているんだろう、私は。

底辺クルーの私ごときが、隊長の貴重な時間を奪うなんてもってのほかなのに。

かくなる上は、一秒でも早く振られなくては。

「マルコ隊長が好きです! 私と付き合って下さい」

勢いよく頭を下げて、同時に右手を差し出す。

これは、生きてきた年数=彼氏いない歴である私が唯一知っている告白方法だ。

船に乗って数年。その間、白ひげ海賊団が誇る美人ナースに若手クルーがこの手法で告白しているのを何度も見た。

土壇場に弱い私は隊長のお顔を見て伝える勇気がなくこの手法を用いたが、作法としては間違っていないはず。

手を繋がれるとカップル成立らしいが、この手が繋がれることはないだろう。

若手クルーに倣ってそのままの姿勢でしばらく待つが、やはり繋がれることはなかった。当然だ。手を下ろし、止めていた息を吐き出す。顔を上げると、マルコ隊長は丸くした瞳をパチパチと瞬かせていた。目が合うとハッと表情を戻し、彼はなぜか扉の方を見る。

「……あー、賭け事でもしたのかい?」

視線を戻しながら、ポツリとこぼす。

その言葉に、彼の視線の意味を知る。

若手クルーがナースに告白をする際、大抵はポーカーに負けて無理やり告白劇をさせられるのだ。

中には本気で告白をする者もいるが、超絶美人ナースが一介のクルーを相手にするはずがない。間違いなく振られる。

勝者達はそれを隠れて見て笑い、酒の肴にするのだ。

暇な船上。若い男衆の軽いお遊びのようなものだが、マルコ隊長は私もゲームに敗れて告白してきたと思ったのだ。

確かにそう思われても仕方がない。

同じ人間だとは思えないほどの、美しいナースが一介のクルーを相手にしないのと同じ。一番隊長の彼が、みそっかすな私を相手にするはずないのだから。

しかも、私とマルコ隊長にはほとんど接点がない。

見習いの頃こそよく話しかけて貰っていたが、私が正式に七番隊入りした頃から話しかけて貰えなくなった。

だけど、この気持ちは正真正銘本物で、振られなきゃ私は断ち切れない。仕事に身が入らない。前に進めない。

だから、私は声を大にして言うのだ。

「賭け事なんてしていません。私は本気です。本気でマルコ隊長が好きなんです。でも無理なのはわかってます。だから、振って下さい。覚悟はできています」

マルコ隊長は視線を逸らし、頬を掻いた。

困ったな、と今にも心の声が聞こえてきそうだ。その仕草に、私は万に一つも可能性がないことを悟る。

よし。

さあ、こい。

その肉厚な唇から出るであろう断り文句は、すでに何通りも予測済みだ。

もはや、何を口にされても驚く私ではない。

私は、満を持して言葉を待った。

「俺も名前が好きだよい」

「…………へ?」

「だが、付き合うことはできねェんだ」

「…………へ?!」

想定外だった。

シミュレーションしたパターンにはなかったぞ。

マルコ隊長が私を好き? 信じられない。

でも付き合えない? なにそれ。

とりあえず、振られたことには変わりないのかな。

……ああ、そうか。

もしかすると、これがマルコ隊長流『女を傷付けないスマートな断り方』なのかもしれない。

マルコ隊長、うちの隊長と違って大人だし、紳士的だし。

だけど、付き合えない理由くらい聞いてもバチは当たらないだろう。

「ええと、もしそれが事実なら、なぜ付き合えないのでしょうか」

思わぬ返答にポカンとあいた口を元に戻して問いかけると、またもやマルコ隊長は気まずそうに視線を落とす。

静かな時間がしばし流れる。

「……俺は」

やがて、重い息とともに吐き出された言葉は。

「………………不能、なんだよい」

私は、頭の中で必死に辞書を引いた。

『不能』それは────

『できないこと。能力のないこと。また、そのさま』並びに『才能のないこと。無能』らしい。が…………どう言う意味だコレ?

クルーの誰よりも優れているマルコ隊長に能力がないなんてあり得ないだろう。

才能があるから不死鳥の能力を使いこなせているのだし、有能すぎることはあっても、無能なはずがない。

やはり、体よく断るための口実なのだろうか。

「……男性器が、機能しねェんだよい」

疑問符を浮かべる私に気付いたのか、マルコ隊長が躊躇いがちに言葉を足してくれる。

男性器、というストレートな表現を使って教えてくれたお陰で、私はようやく理由を知れた。

「……なるほど、意味は理解しました。でも、それのどこに付き合えない理由があるんですか?」

「……勃たねェんだ。つまり、何年付き合おうが俺はお前を抱けねェってこった。そんな奴とは付き合えねェだろい」

自嘲して、マルコ隊長が椅子にもたれる。

ギッと、軋んだ音が短く鳴った。

「私はいやとは思いません。むしろその方がいいです」

すっぱり言い切ると、今度はマルコ隊長があんぐりと口をあけた。

「……肌を、重ねられねェのにかい」

「はい。マルコ隊長が打ち明けて下さったので私も打ち明けますが、私はそういった経験がないので、まずしたいとも思いません。それに、初めての時はものすごく痛いと聞きます。私は痛みに弱いので、正直そういうことはしたくないと思っていました」

だから不能なんて気にしないでください! と自分の胸を叩く勢いで告げると、マルコ隊長は若干引き気味ではあるが、笑顔で答えてくれた。

「……そ、そうかい、本当にこんな俺でいいなら、よろしく頼むよい」

「はい! 私こそよろしくお願いします!」

頭を下げてお辞儀する。

信じられない展開に、胸の鼓動が駆け足になるのがわかった。

こんな暁光、私は明日死んでしまうんじゃないだろうか。

そんなことを心配しつつも、かくして私とマルコ隊長は付き合うことになったのだ。

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