Novel
愛していると言ってくれ - 01
「彼氏ができたの」
情事が終わったあと。
気怠げに下着を身に付けながら、目の前の女が告げた。
一瞬、言葉の意味が理解出来なくて、間抜けにも咥えていた煙草を落としかける。
だって、そうだろう。
この女とは長い付き合いで、何度もデートをした。
セックスだって数え切れないほどした。
たった今も、愛し合ったばかり。
なのに────
「ずっと想ってた人と、付き合えることになったの」
まるで当然のことのように、女は言う。
「彼女がいた人だから諦めていたけれど、最近別れたらしいの。だからダメ元で告白したら、まさかのオッケーを貰えたのよ」
嬉しそうに、声を弾ませる女。
『まてよ、お前はおれの女だろい』
思わずそう口走りそうになるが、その前に放たれた女の言葉におれは全てを悟った。
「あんまり接点がない人なんだけど、マルコのお陰で仲良くなれたわ」
ありがとう、と女はにっこり笑う。
「────そうかい。それは良かったねい……」
煙草を深く吸いあげて、吐き出す紫煙に乗せてそう告げた。
────要するに、あれだ。
この女と付き合っていると思ってたのは、完全なおれの独りよがりで、コイツは端からおれのことなんて、何とも思っちゃいなかったってわけだ。
まったく、笑っちまう。
確かに『好きだ』とか『愛してる』とか『付き合おう』なんて言葉は、一度も伝えたことはない。
だがそれは、お互いいい歳した大人だし、言葉にわざわざ出さずとも伝わっていると思っていた。
態度ではしっかり示していたし、実際おれはこの女に心底惚れていたから。
だから、何度も誘って、何度も寝て。
それに応じるコイツも同じ気持ちだと、そう信じて疑わなかった。
────なのに、
コイツは自分の惚れた相手に近づくために、おれを利用していただけだった。
「今まで楽しかったわ、マルコ」
自分の置かれた立場を理解したおれに、ふと女の言葉が届く。
ぼんやりと顔を上げれば、紫煙の向こうにピンクのナース服を身に付けた女が立っていた。
乱れた髪をキチンと直し、抱かれた余韻を一切感じさない女。
この部屋へ訪れたときと全く同じ格好で入り口に立つその姿に、おれは今更ながら気が付く。
女は部屋へ来るとき、いつも仕事着……つまりナース服を着用していた。
その理由は、なんてことない。
惚れた相手に誤解されたくなかっただけだ。
ナース服さえ着ていれば、おれの部屋の出入りを見られても、言い訳は容易い。
おれが『似合う』と褒めたからナース服を着て来るんだと思っていた自分は、心底おめでたい奴だった。
「ああ……じゃあな」
にべもなく告げるが、女はまったく意に介さない。
にっこり、と赤い紅を塗った唇に笑みを浮かべ、
「彼氏と別れたら、また遊びましょ」
と、言い残して、扉は閉められた。
遠ざかる軽やかな足取りに、扉を蹴り飛ばしてやりたくなった。
何が『彼氏と別れたら』だ。
どうせおれの気持ちは全部分かってんだろい。
その上で弄びやがって。
────くそったれが!!
短くなった煙草をぐしゃり、と灰皿に押し潰す。
情事の名残が色濃く残るベッドに一人残され、女に捨てられた苛立ちを煙草にしかぶつけられないおれは、きっと死ぬほど惨めで死ぬほど憐れだったに違いない。
