Novel
とろける甘さ
「あ~もう! 早く見つけなきゃ今日が終わっちゃうのにー!」
夜の海に揺蕩うモビーディック号。
空には綺麗な満月が浮かんでいる。
そんな静かな夜に、人を捜してバタバタと船内を走り回る、私。
この時間だと大抵居るはずの部屋は留守で、船室の廊下も甲板も探した。
食堂は私自身が出てきた所だから、居るなら気付かないはずはない。
残るは船首か船尾か。
どちらを先に回るか考え、隊員達がよく飲んでいることもあり、もしかすると隊員達に誘われて一緒いるのかも知れないという期待から、私は船尾に足を向けた。
少し歩くと、甲板の陰から出てきたサッチ隊長が私に気付き、声をかける。
「名前? 何してんだ?」
「えと……ちょっと、その、人を探してて……」
いつもなら居場所くらい簡単に聞けるのに、この日に探してるのが恥ずかしくて歯切れが悪くなる。
「それ、アイツに渡してェのか?」
サッチ隊長はそう言って、私が胸に抱えている小さな箱を指差した。
「あっ、……」
赤と白のギンガムチェックの包装紙でラッピングされ、可愛くリボンまで巻かれている小箱。
勿論私がラッピングしてこれを渡す為に人捜しをしている訳だが、サッチ隊長に知られるのが恥ずかしくて、小箱をサッと背中に隠す。
「隠さなくても分かってるって」
おれも厨房にいたんだから、とクスクス笑われ、居心地が悪くなった私はふいと視線を逸らした。
そんな私にサッチ隊長は頭をポンポンと軽く叩き、上手くいくといいなと励ましてくれる。
「アイツならたった今、部屋戻って行ったよ。ほら、行ってこい」
彼の居場所を教えてくれたサッチ隊長は、手をヒラヒラさせ私を見送ってくれる。
──そうか、部屋に戻ってたんだ……
さっきまでは捜すことに必死で、深く考えてなかったが、居場所がわかると徐々に緊張感が増していく。
彼の部屋まで距離はそこそこあったのに、考えた言葉を何度も頭で復唱して歩いてると、あっと言う間に部屋の前に着いてしまう。
いよいよだ……
扉の前に立つと、心臓がドクンドクンと、大きく高鳴る。
逃げ出したくなるが、今日は必ずこれを渡して想いを告げるんだと心に決めていた。
一度大きく深呼吸をして心を落ち着けると、ぎゅっと震える手を握り締めて扉をノックした。
「開いてるよい」
すぐに部屋の主から声が返ってくる。
勢いよく扉を開けると、ソファーに浅く腰掛け、難しそうな本片手に長い脚を優雅に組んでいる彼が、私を見て微笑む。
扉を開ける勢いと共に言葉を伝えるつもりだったが、あまり見ない彼の笑顔に見惚れてしまい、私は出鼻を挫かれる。
「こんな時間にどうしたんだい?」
「あ……ええと…」
あれだけ何度も練習したのに、言葉が一つも出てこない。
どうした? と柔らかな笑みを浮かべたまま、言葉を待つ彼を、私はじっと見つめるしか出来なかった。
世界広しといえど、彼にしか似合わない特徴的な髪型に、気怠そうな瞳。筋の通った形の良い鼻、厚い唇。
そして独特の色気を纏った、一番隊のマルコ隊長。
やっぱりいつ見てもカッコイイ。思わずうっとりと、さらにマルコ隊長を見つめてしまう。
「……おい、名前。夜中に男の部屋に来て、黙ったままそんな顔でジロジロ見るんじゃないよい。襲われてェのかい」
その言葉にハッとする。
マルコ隊長に釘づけになっていた自分が恥ずかしい。今度こそ本当に逃げ出したくなって視線を彷徨わせると、ソファーから立ち上がったマルコ隊長が、入口にいる私の方へ大股で歩いてくる。
そして、私の前で立ち止まると、さっきまでの優しい表情を一変させ、意地悪そうにニヤリと笑い、私の頬に手を添えて親指で唇をなぞる。
「ほら、早く用件を言わねェと、本当に襲っちまうよい」
カァッ、と頬が熱くなる。
心臓の音がマルコ隊長に聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、うるさく鳴った。
「……い、言いますっ。言いますから、手を退けて下さいっ!」
触れられている箇所がこれ以上ないほど熱を持ち、耐えられそうになかった。
「ダメだ。言うまで離さねェよい」
「えぇ!?」
驚いて声を上げる。
ただでさえ緊張するのに、こんなに近くにマルコ隊長の顔があって、頬と唇まで触れられている。
ああ、頭がクラクラする。
このままじゃ頭に血が昇って倒れそうだ。
そんなことになったら今日が終わってしまう。それは絶対ダメ。
よし、言おう。
言ってしまおう。
そう決心した私は覚悟を決めた。
「マ、マルコ隊長、……好きです!」
何度も何度も練習した言葉じゃなく、口から出たのはその一言だったが、やっと想いを告げられた。
けれど、返事を聞くのが怖い。
それに、これ以上でこんな間近でマルコに見つめられたら心臓が持たない。
だから、私はきゅっと目を閉じてマルコ隊長の返事を待った。
すると、離れた指の代わりに、温かい何かが唇に触れた。
ビックリして目を開くと、認識出来ないほど至近距離にマルコ隊長の顔があって
キス、されてる────
そう気付くと同時に唇が離れ、マルコ隊長の視線と自分の視線が合わさった。
「おれも、ずっと名前が好きだったよい」
目を見開く私に微笑み、マルコ隊長はその唇をもう一度私のそれに重ねた。
***
「所で、それはおれにくれるもんじゃ無かったのかよい」
誰の目にも明らかにプレゼントだと判る物を持っているのに、いつまで経っても渡そうとしない名前に聞く。
「あーーーっっ!! 忘れてました!!」
その小柄な体から発せられたとは到底思えないほどの大音量で叫ぶ、名前。
廊下にまで響く声に少々面食らっていると、名前はキョロキョロと部屋を見渡し、ぴたりと時計で視線が止まった。
それに釣られて、おれも時計を見る。
──23時55分。
後5分で、今日が終わる。
その瞬間、バッと目の前に差し出されたのは、可愛いらしくラッピングされた小さな箱だった。
「このチョコ、私が作ったんです。我ながら上手く出来たと思います。何度も何度も作り直したけど……。ホントはこれを渡して告白するつもりが、マルコ隊長があんな事するから、渡すのを忘れちゃいました」
さっきのキスを事を思い出したのか、言いながら名前の頬が紅く染まっていく。
それが可愛くて、つい見とれていると、「はい、どうぞ」とおれの手を取った名前が手の平に箱を置いた。
「ありがとよい」
礼を言うと、名前は可愛くはにかんだ。
今日の隊務が終わったあと、名前がずっと食堂に籠っていた理由はこの為だったのか。
指先にいくつも絆創膏を貼ってる所を見ると、慣れない作業に四苦八苦したんだろう。
そのいじらしさに言葉では言い表せないほど名前が愛おしくなり、頬を染めて微笑む彼女をギュッと抱き締めた。
「あっ……」
突然抱きすくめられて、驚く名前。
その耳元に唇を寄せて、
「今夜は帰さないよい」
そう囁いた言葉に、耳まで真っ赤になる名前が可愛くて仕方なかった。
