Novel
ねじれた想い
おれが他の女の名を呼ぶと、名前は一瞬だけ顔を歪めて泣きそうになる。けどすぐ普段通りに取り繕うんだ。
その顔が見たくて、おれは何度も女の名前を出す。
「ねぇエース、今日さ……」
「名前、悪ィ。リサ知らねェか?」
女の名を出した途端、眉をひそめて唇をぐっと噛み締める。耐える表情を浮かべておれを見上げる名前に、腹の奥底からゾクゾクと快感めいたものが湧き上がる。
あぁ、やっぱりたまんねェ……
今、自分がどんな顔してるかわかってねェんだろうな。おのずと持ち上がる口角を正して、おれはまた女の名前を口にする。
すると、今度は大きな瞳がわずかに潤んだ。
それでも必死に堪えようとする名前が、健気で可愛くてたまらない。
そんなことでしか、お前の気持ちを推し量れないおれはやっぱりどこか捻じ曲がっているんだろう。
鬼の子だからか、おれの性根か、それともお前のせいなのか。その濡れた瞳に映るのがおれだけだったなら、おれはここまで歪まなかったかもしれないのに。
いっそこのまま抱き寄せて、無理矢理奪っちまいたい衝動に襲われる。
だがそれはできない。おれたちは兄妹だ。この先何があっても越えちゃいけない一線。ルフィも我慢している。それを壊すわけにはいかない。兄であるおれが破るわけにはいかないんだ。
だからせめてもの抵抗として、おれはわざと女の話を振る。
「リサさんなら、マキノさんの酒場の前で見たよ」
瞳は潤んだままなのに、笑顔を浮かべる名前。
声まで震えているのに、気丈に振る舞う姿になんとも言えない感情が込み上げた。
礼を告げて頭を撫でると、ふわふわの猫っ毛が指先に絡みつく。もっと触れていたい。このまま腕の中に閉じ込めてしまいたい。溢れ出る欲望を押し留めて、おれはいつものようにニッと笑いかけ手を離す。
これ以上一緒にいたら、抑えがきかなくなっちまう。
温もりの残る手をぎゅっと握り締め、酒場へ足を向ける。
──ごめんな、名前。
お前を傷つけることでしか、自分を保てない馬鹿な兄貴をどうか許してくれ。
でも、誰よりお前を愛しく思ってる。
おれは一度も振り返らず、ただ前を見て歩く。
背中に突き刺さるような名前の視線を感じながら。
