Novel

出られない部屋

「……ここ、どこ…?」

目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中だった。

無機質な正方形の白い空間。

なぜか真ん中にポツンと置いてある大きなベッドは、まるでおとぎ話にでてくるような天蓋付きのファンシーなもので……

その隣の白い壁にでかでかと書かれている文字を見て、私はなんじゃこりゃと眉をひそめる。

「マルコ隊長、起きてください」

とりあえず、隣に倒れているマルコ隊長の身体を揺すり起こす。

「……ん、なんだよい、ここは」

もそり、と身じろいでマルコ隊長が起き上がる。

肩をコキコキしながら部屋全体をぐるりと見渡すと、彼の眉間にも深い皺が刻まれた。

「それが私もいま気付いたところで、なにがなにやら」

「……そうかい」

マルコ隊長は短く答えて立ち上がり、壁に向かって歩きだす。靴音だけが響く静かな室内。離れていく彼の後ろ姿に心細さを感じ、私も立ち上がって後に続いた。

「出入り口もないのかよい……」

ペタペタと壁に触れ、コンコンと叩いたり、壁に耳に当てたりしながら、マルコ隊長は壁伝いに歩いていく。同じように私も触れてみる。壁は硬くてひんやりと冷たい。どこかで触った感触だなぁと記憶を辿ると、能力を発動したジョズ隊長に触れた時と同じような感触だと思い至った。

「ちょっと離れてろい」

それほど広くない部屋。あっという間に部屋一周の旅を終えると、マルコ隊長は足を伸ばして二、三度軽く屈伸する。その様子に何をするのかピンときた私が十分距離を取ると、彼は右足を思いっきり振り上げた。強烈な蹴りが壁に炸裂する。部屋の中に大きな音が鳴り響く。が……

「…………ダメだな、こりゃ」

壁には傷ひとつ付いていない。ものすごく頑丈な壁のようだ。巨大船を真っ二つにするマルコ隊長の蹴りでダメなら、私に出来ることは何もない。お手上げだ。

「一体、誰の何の能力だよい……」

「心当たりはありませんか?」

「まったくねェよい。図鑑にも載ってねェしな」

ぼやきながらマルコ隊長が両腕を翼に変化させる。

ボワッと立ち昇る鮮やかな青。まばゆい炎に目を細めていると、飛び上がったマルコ隊長が綺麗な弧を描き、今度は高い天井に蹴りを浴びせた。またもや大きな音が反響する。だけどやっぱり壁はびくともしない。

憎々しいほどに頑丈だ。

しかしなぜかマルコ隊長が蹴りを入れた瞬間、スイッチが切り替わったかのように部屋全体を照らしていた白っぽい照明がピンク色に変わり、妖しい雰囲気を醸し出した。

「……マジかよい」

その後もいろんな場所を蹴ってみるが部屋の色は戻らず、マルコ隊長は諦めたように舌打ちしてベッドに向かって行った。

部屋全体の色が変わったせいか、ベッドシーツの光沢まで妙に艶かしい。マルコ隊長はつるつるとした肌触りが良さそうなシーツの上であぐらをかくと、胸の前で両腕を組んだ。

「……さて、どうしようかねい」

「どうしましょう……」

壁の文字を眺めながら、彼はうーんと唸る。

「壁を壊すのは不可能だし、脱出するにはここに書かれている方法しかないようだねい」

「……そう、ですか」

「どうする?」

「……どうするとは、つまり……?」

「『セックスしないと出られない』と、壁には書いてあるが、名前は一生ここに閉じ込められたままでいいのか、それとも俺とセックスしてオヤジのいる船に戻るか、どっちを選ぶ?」

置かれた現状をはっきりと口にされ、腰が抜けそうになる。

「俺としては戻ってやらなきゃいけない仕事も抱えてるし、世界政府が怪しい動きを見せてる今、船を長く空けるのは不安があるよい」

平隊員の私はともかく、一番隊長の彼がどこかもわからない空間に閉じ込められているというのは確かに深刻な事態だ。

「とりあえず、名前もこっちへこいよい」

ぽんぽんとベッドの上を叩かれて、壁の前に佇んでいた私は躊躇いながらもそちらへ足を向ける。だけど座るよう促された彼の隣に行く勇気はなくて……ベッドの縁にちょんと腰掛けると背後からするりと腕を回され、マルコ隊長に抱きすくめられた。

「無理強いするつもりはないが、協力してくれると助かるよい」

「……っ、」

耳元で扇情的に囁かれ、身体が大袈裟に跳ねる。

マルコ隊長はそんな私の髪を梳きながら、くつりと笑う。

「初心だねい。俺が相手は嫌かい?」

優しく耳朶に触れる声音に、緩く頭を振る。

「……一緒に閉じ込められたのが、マルコ隊長で良かったです」

俯いてそう答えると、髪を梳く手がぴたりと止まった。静止するマルコ隊長に不安を覚えて振り向こうとすると、首筋に彼の顔が埋まる。

「そんな可愛いこと言われちゃ、我慢できないねい」

「ひゃっ、ぁ、」

ちゅっ、と首筋を吸われてチリッとした痛みが走る。耳の後ろやうなじにも唇を落とされて、むず痒い感覚に気を取られているうちに私の身体はベッドの上に寝かされてしまう。軋む音一つ立てずに背中を包み込むベッドは、よほど上質なもののようだ。

マルコ隊長はベッドに沈む私の身体の上にまたがると、もどかしそうに上着を脱いだ。

逞しい上半身が露わになる。

なんて、キレイな身体なんだろう……

鍛え上げられた無駄のない筋肉。引き締まった二の腕。均整の取れた美しい肉体。思わず目を奪われていると、パサッと上着が床に落ちる音がして、ハッと我に返った。

私を見下ろすマルコ隊長の瞳は獰猛な肉食獣のようで、いまにも取って食われそう。

「な、なんか、目が怖いです……」

名前が可愛いことを言うからだよい」

見たことのない男の顔をしたマルコ隊長に捕らわれた私は、彼の手によってゆっくりと上着のボタンを外されていく。

「ぁ、やぁ……」

下着まで剥ぎ取られ、マルコ隊長の目の前にそれほど大きくない胸が晒される。熱を持った瞳にじっくりとそこを見つめられ、背中がゾクゾクと震えた。

「へぇ、見てるだけなのに、ここが舐めてくれって硬く尖り出したよい」

「ち、ちが……」

「意外にエロいんだねい名前は」

「やっ、んんっ」

制止する間もなくぺろっと舌で先端を舐められて、いやらしい声が出てしまう。もう片方の膨らみも手で揉まれて先端をぐりぐりいじられると、声が抑えられない。

「んっ、んっ、あぁ……」

「いい反応するねい。もっと良くしてやるよい」

手がそのまま下へと滑っていく。

太ももをまさぐる手がスカートを捲り、下着の隙間から差し込まれる。

くちゅ、と湿った音がして、マルコ隊長の唇が持ち上がった。

「やっ、ん、待っ、待って、下さい」

「ん? どうした?」

心の準備をする間もなく進んでいく怒涛の展開を止めるべく声を上げると、ちゅっ、ちゅっ、と私の肌に吸い付きながらマルコ隊長が聞き返してくる。優しい声音とは裏腹に、下腹部を弄る指の動きを止めるつもりはないらしい。

「んっ、私、そのっ、初めて、で……っ」

だから、優しくして下さいっ、といつまでも止まらない大きな手を掴んでお願いすると、動きは止まったものの、その手を取られてぎゅっと握られた。

「……へぇ、名前は初めてなのかい」

どこか嬉しそうに呟くとニィッと笑い、普段の眠そうな目が三日月のように細められる。

「だったら、これ以上ないほど優しく慣らしてあげなきゃねい」

くつくつ喉を鳴らすと、マルコ隊長は自身の腰からサッシュを引き抜き、なぜかその青い布で私の両手を縛りベッドの柵に括り付けた。

「マ、マルコ隊長……?」

「安心しろよい」

身動き取れない私を覗き込む彼の瞳は、ぎらぎらとした欲望が滲んでいる。

「たっぷり、可愛がってやるよい」

その獲物を前にした猛禽類のような目でニヤリと笑う凶悪な顔付きに、私は彼が海賊だったことを思い出した。